昼休み戦線、異常あり
その日の昼休み、いつも一緒にいるユウヤが風邪で休んだせいもあって、僕は手持ち無沙汰に過ごしていた。
しばらくは普段馴染みのないグループに混ざってみたりもしたのだが、男子高校生同士の生産性皆無な会話に疲れきってしまったのだ。
それで今、廊下側の壁にもたれかかり、化学の教科書を眼前にひろげ、予習をしているフリなどかましながら、紙束ごしの教室をぼうっと眺めているのだった。
ふと、教室の端、窓際の男女に気づいた。
カタオカとアズマさんだ。カタオカは机の上のノートに向かって、必死で何かを書き続けている。アズマさんは前の席から振り返る格好で、カタオカが書く様を、じいっと真顔で眺め続けている。
二人の距離は近い。特に会話をする様子も、視線を交わしあう様子もない。ただ黙々と文字だか絵だかを書き続けるカタオカ。ただ黙々とその書き上がっていくものを眺めているアズマさん。
あの二人、付き合ってるのか。
無言から醸し出される時空間の雰囲気に、僕はそう断じた。普段ならば他人の色恋に首を突っ込むような野暮はしないのだが、今日に限っては持て余した暇をつぶすのに絶好の光景だった。
カタオカはアズマさんの視線には一切こたえず、一心不乱に書き物をつづけていた。
そこで、アズマさんの手が動いた。
カタオカの握るシャーペンを奪おうとする。カタオカはノートから目を離さずに、さっと腕をひいて避けてみせた。
アズマさんがもう一方の手を横に薙ぐ。カタオカは事も無げに受け流し、書き続けた。
アズマさんは特に悔しがるふうでも怒るふうでもなく、無表情のまま立ち上がり、机めがけて渾身のチョップを振り下ろした。カタオカの机が一刀両断され、木片があたりに舞ったが、カタオカはその被害を受ける前にひらり、とひとつ後ろの席へ移動していた。まだ書いている。
机ひとつぶん離れた二人の空間を、アズマさんは飛び後ろ回し蹴りで一気に詰め、カタオカの側頭部を狙った。カタオカは上体をのけぞらせて躱す。鼻先をローファーの踵がかすめた。まだ書いている。
アズマさんは隣の席で談笑していたマルノから眼鏡を奪い、窓の外へ放り投げた。カタオカはまだ書いている。
続いてアズマさんは袖口に隠し持っていた日本刀をつらり、と抜き払い、カタオカの心臓めがけて突き出した。カタオカは机を蹴り上げて攻撃を防ぎ、即座に側方へ跳んだ。机の上を背中で転がってマルノ目の前を横切り、反対側の通路へ抜け出す。まだ書いている。
アズマさんは髪の毛を結んでいた鎖分銅を取り外し、ぶんぶん振り回して勢いをつけた。アズマさんが一振りするごとに錆びついた鎖が教室をうねってまわり、机や椅子は砕け、血しぶきが舞った。カタオカはその猛攻をアクロバティックに
アズマさんは鎖分銅を放り出し、懐からサブマシンガンを取り出すと、壁越しにヘッドショットを狙った。僕は廊下側の窓を開け、身を乗り出してカタオカの行く末を見守る。
カタオカは銃弾の嵐の中を右へ左へ素早く飛び跳ね、照準を撹乱しながら外へとつながる窓ガラスを突き破った。ここは5階だったが、カタオカは背中にエンジンを標準搭載していたので、そのままゆっくりと降下していけた。まだ書いている。
眼鏡がなくなって狼狽するマルノの後ろにつかつかと歩み寄ったアズマさんは、無言のまま彼のズボンを一気に引き下ろし、窓の外へ放り投げた。カタオカはまだ書いている。
アズマさんは中庭の樹を伝ってすばやく地階へ飛び降りると、カタオカの降下地点に先回りし、備えておいた多連装ロケット砲で一斉射撃を図った。
カタオカは間一髪、メタリック・クラシカル・チェンジを唱え、光速超人イングヴェイ・マルムスティーンへと変身した。無数に発されたロケット弾は、彼の速弾きの前に無と帰した。まだ書いている。
するとアズマさんは全身から眩いばかりの閃光を発し、灼熱の炎をその身に纏うと、自ら弾丸となって目にも留まらぬ速度で飛び立った。ついでにマルノの服を焼き切った。
カタオカは飛び上がりながら閃光の攻撃を躱し、アズマさんは躱されるたびに急旋回してカタオカを追尾した。
そうして螺旋を描きながら二人はどんどん天空へと舞い上がっていき、やがて太陽の影に消えてしまった。カリカリとカタオカが書く音だけが、あとに残った。
ちょうどそのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
みんな、まばらに席につく。ある者は血まみれだったが、命に別状はなかった。
30歳代の化学教師が5分遅れてやってきて、謝罪した。
マルノも全裸である理由を説明し、謝罪した。
そうして無事に、5限目の授業がはじまった。
二人は帰ってこない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます