第12話 探偵一家
「私が戦争終結の年に生まれたもんね。子供の頃がちょうど戦争、それで大人になって環境問題研究の第一人者。容姿も美しいだけじゃ無くて、心も志も立派なんだ。すごいなあ」
「それが尚更彼女を美しくしているんでしょうね」
「ウクライナはもともと美女の宝庫だ、不思議は全く無い」
ここまでの会話だけを聞けば、高校生の娘、母と父、普通に仲の良い家族の自然な会話に聞こえる。しかしここが政令指定都市の片隅にある小さな雑居ビルで、窓ガラスにもビルの横にも「探偵社」の文字があるのだから、この先は内容が特異なものになるのは、彼らにとってはしごく普通のことだった。
「でも知らなかった! 海外の探偵とも友達なんて、お父さん一言も言ってなかったじゃない! 」
「姫、企業秘密だ! まあ翻訳機が優秀になってくれたためもあるし、彼は日本好きだしね」
「で、その彼が調べたところによると、ウクライナ出身の環境関係の仕事をしている人の素性がよくわからないってことね」
「戦争でぐちゃぐちゃになったんだから仕方が無いわよ・・・」
「でもウクライナは電子国家だったんでしょ? どこかにデーターが残っているんじゃないの」
「きっと残っていないんだ、それが戦争だよ」
「子供の頃のことは、きっと話したく無いわよ。パパラッチだって遠慮をしているのよ、感心したわ」
「そうか、ずっと戦争や紛争の無い国なんて、本当に珍しいんだ。日本って恵まれているよね。だから・・・この国の彼女たちは」
「とにかく今回の件は、お前はネット調査だけ。お父さんとお母さんは今から出かけるから、固定電話は留守電にしといてくれ。お前が出たら、また「児童労働じゃないか」なんていう奴が出てきて面倒だからな」
「はい。じゃあその前にコンビニでお菓子を買いに行ってもいい? 」
「コンビニ? お母さん向かいのスーパーで買ってくるわよ。お前はここにいなさい、外に出てはだめよ。家には三人で帰りましょう、わかった? 」
「依頼料、前金で結構な額もらっているんでしょ? 」
「姫、議員さんだから、税金です! 無駄遣いできないわ。じゃあ行ってくるから」
「ガムも頼むな、眠気覚ましの」「OK」
母親が部屋を出て行くと、急に静かになった。娘はこの前飾ったばかりの、大きな額をうれしそうに見つめて
「ねえ、お父さん、誰かこの作品ほめてくれる人いた? 」
「依頼に来たときはみんな気が付かないけど、またやって来たときに、「ああこれ絵じゃ無くて刺繍だったんですね、きれい」って」
「そう、良かった」
「いいのか? 寂しくないのか姫? お前の部屋にあったのに」
「大丈夫よ、だって冬バージョンのものが今部屋にあるんだから」
四角い、あまりにも飾りの無い部屋に、数年前、母親がリサイクルショップで見つけたという刺繍絵を飾った。クロスステッチの技法で描かれた、両親とバイオリンを弾く幼い男の子。家の様子は極端に裕福な感じではないが、壁紙や、木の棚に飾ってある食器なども細かく刺されていた。
「5800円だったの!! 」うれしそうに言う母親の姿が焼き付いていたせいか、高校の入学祝いに何がいいかと聞かれた姫(本当は姫のあとに漢字があるのだが、友達も、結果名付けた親までそう呼ぶ)は
「近所のリサイクルショップにある、刺繍絵が欲しい」
と言った。若い二人の女性が夏の服装で幅広の帽子をかぶり、一人は自転車を降りた姿だった。
母親が買った物と違い、布地の白の部分が大部分生かされていて、
爽やかで、気持ちの良い作品だった。しかも値段は母親のものよりも安かった。古いもののため、白地の部分に多少シミがあったからだ。
「お前の本当に好きなものでいいのよ」
「私、これが欲しいの。しばらくしたら事務所に飾って。だってお母さんのものは冬っぽいでしょ? 私の部屋に交代で飾りたいの」
両親は複雑な思いもしたが、子供らしい思いやりを素直に受けることにした。
「お父さん、遅くなりそう? 」
「わからないな、なるべく早くは終えたいが」
「ねえ、お父さん、私、ネット上で四十年配男性の雑誌記者ってことにしているの、いいかなあ」
「ああ、もちろんかまわん、いざとなったら俺が出て行くから。
大丈夫か? 女子高生と気が付かれていないか? 」
「きっと今のところ大丈夫。もしかしたら今日ぐらいに、大きな情報が入ってくるかも」
「わかった、そうなったら詳細を教えてくれ」
その言葉の後、父親はまた刺繍絵を見つめた。
そうしていると、母親が帰ってきて、娘の好きなお菓子を案外たくさん買ってきていたので
「税金だから無駄遣いしないんじゃなかったの、お母さん? 」
「うれしすぎる・・・・・たまたま叩き売っていたの。さあ急ぎましょう」
「ああ、じゃあな、姫、帰る前に連絡するから」
「はい」
両親はさっと荷物を持ち、「鍵かけといてね」とまるで自宅の様に事務所を後にした。一人残った姫は、独り言にしてははっきりと言った。
「お母さん、詰めが甘いよ。紙袋に入った焼き芋をビニール袋に入れて、匂いは遮断できても、ほんのりお菓子の箱に温もりが移っている。って事は、公園で二人きりの相談か、今回の事件、依頼料が高い分やっぱり普通じゃ無いか、でも・・・・」
その言葉の後、彼女は普段父親が使っている少し大きめのデスクに座り、デスクの大きなパソコンは使わずに、引き出しの中から自分用の、高校生専用にしては高価なものを取りだした。
「時間が勝負だもんね、この仕事。有線の方が早い」
慣れた手つきで線を繋ぎ、起動させた。
「オッケー、ビンゴ!! 連絡が来ている!! 」
小悪魔のように彼女は微笑んだ。
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