第11話 善 党
夫と中学、高校と一緒だったH君とは、何年かに一度は会っていた。大学に入学し、院に進み、地元の一流企業の研究員になった。
車で二十分くらいの所に住んでいるのだが、類は友を呼ぶで、休日はお互い趣味に忙しくしていた。
「あいつ、どうやって来るかな、賭けようか? 」
「ウーン、自転車かしら。この前会った時、膝を痛めたと言っていたから、もう走っては来ないでしょう」
「俺はバスと思うな、この路線は乗ったことが無いだろうから」
「さすが友達! 」
天気も良いので、ポストに行くこともしなかった。すると時間通りに彼がバスでやって来て、楽しく話しを始めた。夫妻は同窓会には出席しない方だったか、彼はほぼ皆勤賞、穏やかな感じの社交性は、誰からも気分良く受け入れられていた。そしてその時の話を聞くのは、やはり面白いことだった。
「昔話に花を咲かせるなんて、俺たちも年を取った証拠だな」
「間違いなく。でもこの路線おもしろいな、こんなとこあるんだって思った。定年したら路線バスの旅をしようかな、近所でも知らないところだらけだから」
「H君、この辺りの山あいに有名なしだれ梅があるの、知っている? 」
「それは知っている、どっかの省庁のカレンダーになったっていう」
「さすが情報通だな」
「一度走って行ったよ、あれで膝を痛めたかなあ」
「あの坂を? 無理するなあ」
という話しで笑いながらも、不自然な沈黙が起こった。妻の方はそれを受け入れるかのように、
「お茶以外の飲み物でも? 」
「俺はコーヒー、お前は? 」
「お願いします」
台所では、コーヒーメーカーからの、ポコポコと言う音、終わり際のジュワ、ズーという美しいとは思えない音、そしてほとんど音がしなくなった。
「まるでこれからの話しのよう」と妻は小さく呟いた。
「ほら、日本再生プロジェクトってあっただろう? うちの会社にも「こんなことを計画している」みたいな打診はあったらしくて、それに合わせて「環境部」を立ち上げたんだ。でも元々目に見える物を作るのがうちの会社だから、思ったほど人が集まらない。結局、私の研究室の若い子が無理矢理行かされてね、こっちは困ったし、本人も嫌がっていたんだけど、ある日を境に、驚くほど急にやる気を出したんだ。みんなで「彼女でも出来たんだろう」と噂していたが、本人は何も言わない。まあ、それでも、色々成果が上がって、会社も国も喜んでいたんだ。
で、その子はやっぱり恋人が出来ていて、彼女は色白の相当な美人らしくてね。それをたまたま見たうちの会社の上役が虜になってしまったんだ。もちろん妻子持ちだ。会わせてくれないと会社を辞めさせるだのなんだの言ったらしい、後から聞いたけれど」
「じゃあその若い子はだまっていたのか? 」
「騒ぎ立てたら、上司の子供が可愛そうだからって、彼女もそう言ったらしい」
「え!!! すごい!! やさしい! 何て考え深いのかしら! でも・・・・・」
「そうなんだ、上司からの嫌がらせはエスカレートして結局「あなたの迷惑になりますから」って去って行ったんだ」
その後はY氏と甥御さんと全く同じだった。H君も必死で彼を慰め、励ましたそうだ。
「横やりを入れた人間は、今でものうのうとしている。パワハラ以外の何物でも無いのに、特にお咎めなしだ。この年で自分の会社がこんなに嫌になるとは思わなかったよ」
「そう言う人間は、案外立ち回りが上手いんだろう? 」
「そうそう! で、すぐ集団になる」
「徒党を組む、悪党だ。善人の集団には名前が無いよな」
「世の中善人は少ないと言うことかな・・・・・」
久々にゆっくりと会話を楽しんだが、やはり彼も別れ際に
「色白の絶世の美人ねえ、俺も会うと人生が変わるのかな? 」
「変わらないだろう」
「会った事がある? そのクラスの美人に」
「無いよ、会ったら教えてやるよ」
「冥土の土産によろしく、まだちょっと早いか、じゃあまた」
バス停へと向かった。彼が乗ったであろうバスが多分自宅の近くに着いた頃、
「ケーキでも買いに行くか? 」
「そうね、疲れちゃった」近所のお菓子屋に行った。
家に帰り、ケーキを食べながら、たまたまつけたテレビのニュース番組で、いかにも海外の「首相夫妻」という感じの二人が映った。
その夫人に二人はテレビの前、瞬きもしなかった。肌の色はその国の女性らしく褐色であるが、例の彼女同様、とにかく美しい。澄んだ瞳、穏やかな雰囲気、立場上なのかとても高貴な感じもする。
「本当に夫人はお美しいですよね、環境立国として国内外で精力的に活動もされているんでしょ」
「彼女のファンも多いですよ」
「確かW国の環境大臣の奥様も、とても美人で評判ですよね」
「温暖化対策に熱心な国です。お二人のツーショット写真を僕も持っていますよ」
「ウクライナ出身の美人環境工学博士もいらっしゃいますね」
「地球温暖化対策関係者はとても美しい方が多いということでしょうか。それでは次の話題です・・・・」
夫婦は顔を見合わせたが、お互い頭の中で上手く言葉の整理が付かなかった。そんな時、玄関のブザーが鳴り、インターフォンで見ると、研究者の彼である。小さな画面に映った顔からでも、憔悴しきった感じがする。
「まさか・・・」
二人は慌てて玄関に向かった。
そうしてその日から数日間、夫婦は三人の来客と全く同じ事を経験しなければならなかった。
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