第3話 恋の勝ち負け
(今度は犬ぅ~? スマホになったり犬になったり⋯⋯私に何が起こっているんだろう。そんなことより、もう白川くんには会えないのかな……)
私は、ゲージの中でそんなことを考えながら他の仔犬と一緒に微睡んでいた。
そこへひとりの女性がやってきた。
「さぁ~てと。どの子がいいかなぁ~」
女性はゲージの中を覗き込み、ひとしきり私達を見回した後、ヒョイっと私を抱き上げた。
「うん、あなたがいいわ。とても可愛いい顔をしてる!額の模様がハートみたいでチャームポイントにもなるわ!」
そう言って私を、カプセルホテルみたいな空間に移動させた。
キョトンとしている私に女性は万遍の笑みでこう言った。
「今日からここがあなたのお部屋よ。早くいい家族が見つかるといいわね!」
ん?
(あぁ、この景色。ペットショップのショーケースだ)
その日から私は、ペットショップで新しい家族を待つ日々を過ごした。
ある日。
私のショーケースの前で人影が止まった事に気が付き、ふと顔を上げた。
そして私は釘付けになった。
『白川くん!!!!』
髪がパーマがかって少し大人びた印象はあったけど、それは紛れもなく白川くんだった。
そしてなぜだか白川くんも私を見つめて立ちすくんでいた。
『あぁ神様、お願い! このまま白川くんが私を連れて帰ってくれますように!!』
私は必死でガラス越しに叫んだ。
「キャン! キャン! キャン!」
【白川くん! 私、澪だよ! お願い、私を連れてって!】
白川くんは激しく吠える私をじっと見つめ、それから、そっとショーケースのガラス板に手をあてた。
しかし、誰かに呼ばれたのか早々にその場を去って行ってしまった。
『あぁ! せっかく白川くんに逢えたのに⋯⋯。神様のいじわる!』
私は思わずそう呟いていた。こんな奇跡は二度と起きるわけがない。
まして、ショーケースから出ることができない今の私には、その奇跡を自ら引き寄せる術はない。
私は、生まれ変わりが始まってから何度目かの絶望に堕ちた。
それからというもの、私は半ば投げやりな気持ちで、ただただショーケースの中での時間を過ごした。
(白川くんに逢いたいよぉ⋯⋯)
再びの奇跡を願う気持ちは日に日に募っていった。
何人かがショーケース越しに私に興味を持ってくれたが、なぜだか成約には結びつかなかった。
私の、白川くん以外を受け付けない心情がそうさせたのだろう。
そして、どれだけの時間が経ったんだろう。何の張り合いもなく無機質な時を過ごしていた私にとっては、とてつもなく長い時間に感じられた。
あれだけ願っていた奇跡すらも、もうどうでもいいと思い始めていた頃。
「この子を飼いたいのですが⋯⋯」
私のケースの前で誰かが店員に話しかけた。
この声は⋯⋯!
白川くん!!!
『あぁ、神様! 意地悪なんて言ってごめんなさい!!』
待ち焦がれた奇跡が起こった瞬間だった。
『白川くんが来てくれた!!!』
こんな運命的なことがあるのだろうか。奇跡すらどうでもいいと思っていた私を、神様が可哀想だと思ってくれたんだろうか。
「この仔、可愛いですよね! ちなみになんですけど、この仔を選んだ決め手ってなんだったんですか?」
店員の女性が白川くんに話しかけた。
少しの沈黙の後、白川くんは少し寂しそうな声でこう答えた。
「この仔の額の模様です。以前、同じような模様の犬を⋯⋯」
♪トゥルルル、トゥルルル♪
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと電話が⋯⋯」
そう言って店員は白川くんの言葉を遮り、電話口に急いだ。
白川くんは改めて私に視線を移すと、どこか悲しげで、でもそれでいてどこか安堵したような表情を浮かべていた。
店員の電話が終わると、私は白川くんの元へと連れていかれた。
(あぁ。私の白川くんだ!!)
私は白川くんの腕に抱かれ、このまま世界が終わってもいいと思える程の幸せを感じて、白川くんにしがみついた。
白川くんはひと通りの購入手続きが済ませて店を出ると、私を車に乗せた。
(車の免許を取ったんだ)
キャリーケースに入っていたから所々しか分からなかったが、それでも少し見覚えのある景色が通り過ぎていく。
そしてしばらく走ると、白川くんは車を停めた。そこはとあるアパートの前だった。
「今日からここがキミの新しい家だよ」
白川くんは実家を出て、隣町のアパートに引っ越していた。
「ただいま」
そう言って白川くんが玄関に入ると、ひとりの女性が出迎えた。
「
誰だ、コイツ……。
見た目年齢的にお母さんではないし、白川くんはひとりっ子のはず⋯⋯。
ということは⋯⋯
もしかして⋯⋯
そんなことって⋯⋯
白川くんの彼女ぉ~!!??
⋯⋯吐きそうだった。
あんなに恋焦がれた白川くんに彼女が出来てしまったなんて。しかも私は今、人間ではなく、犬だ⋯⋯。
『勝ち目⋯⋯ないじゃんか』
恋愛が勝ち負けでないのはわかってる。
でも⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯いや、待てよ。
私は自分に問いただす。
確かに犬の私に勝ち目は、ない。
けど、だからと言って負けが決まったわけでもないんじゃない?
世の中には冷めきった夫婦がペットにだけは愛情を注ぐなんて話もザラにある。
今は、スマホだった頃と違って自分の意思で動くことが出来る!
それに、人間の言葉を喋れなくても、行動で感情を表現することはできるんだ!
彼女へ向ける愛情の一部でも私に向けさせることができたなら、それは負けにはならないはず!
こうして、全く根拠のない自信をまとった私の、犬としての生活が始まった。
白川くんの彼女、
「名前を付けてあげなきゃな。何がいい?」
「クーン、クーン」
【白川くんに呼んでもらえるならなんでもいいよ。まぁ、欲を言えば、澪とか、みーとかがいいかなぁ】
白川くんは、私の背中を優しく撫でながら、少し考えてからこう言った。
「【みー】っていうのはどうかな。可愛いキミにピッタリだと思うな。うん、そうしよう! 今日からキミは【みー】だよ」
「キャン、キャン」
【ウソ!? 想いが通じた?!澪はとても幸せだよ】
私は嬉しさのあまり白川くんにしがみついてはしゃいだ。
「そっか、そっか、喜んでくれて良かった。俺も嬉しいよ」
その夜私は、白川くんの腕の中で暖かな幸せを感じながら眠りについた。
翌日から白川くんは、朝と晩、私を散歩に連れ出してくれた。
散歩中、白川くんはいろいろな話をたくさんしてくれた。
仕事のこと、家族のこと、私にとっては聞くに耐えない花音さんのことも。
私がスマホだった時は学生だった白川くんも、今や社会人。
忙しくて散歩が出来ない時は、部屋でいつもよりたくさん私と遊んでくれた。
白川くんが嬉しい時は、私をこねくり回しながら子どものようにはしゃいでいた。逆に白川くんが落ち込んでいる時は、私が白川くんに寄り添って慰める。
犬の姿だろうがなんだろうが、白川くんに愛され、大切にされ、それに対して自分の意思と行動で応えられる事がとても嬉しかったし、幸せだった。
本当に、本当に幸せな時間だった。
それなのに⋯⋯。
プァン!プァン!プァーーーーーン!
『みぃーーーーーーーっ!』
全身をとてつもない痛みが襲う。
この感覚⋯⋯。
またなのっ!?
そんなのイヤだ!!
私は身動きすら出来ず、その場に倒れ込んでいた。
次第にボヤける視線の先には、白川くんの悲痛な表情があった。
『みぃーー!!頼む、死なないでくれぇ!!!』
駆け寄った白川くんは、私を抱きかかえて慟哭していた。
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