第2話 姿は変われど


(私が白川くんのスマホに⋯⋯!?)


 いやいやいや。


 待て待て待て。


 私、仔犬を助けて、階段を降りようとして落ちて⋯⋯。


(あぁ、私、やっぱりあのまま死んじゃったのかな⋯⋯)


 何が何だかさっぱりわからず、頭の中は朝の満員電車なみにパニクっていた。


 それでも私はつとめて冷静に、自分に起きたことを考えてみた。


 何をどう考えても、階段から落ちた時の激痛と、今、自分がスマホになってしまっているということだけで、人間としての私の存在はなくなってしまったんだろうということは容易に想像ができた。

 私は、自分の死を察して途方に暮れた。

 もう人間として白川くんと話すことは出来ないんだ⋯⋯しかも今は自分の意思で動くことすら出来ない⋯⋯。


 それに、白川くんのだったから良かったものの、なぜスマホになんかなってしまったのか⋯⋯。


 ん?


 でも。


 ちょっと待て⋯⋯


 白川くんのスマホになったということは⋯⋯。


(ずっと白川くんのそばに居られるってことじゃん!)


 こんな突飛な状況にあっても、大好きな白川くんのそばに居られることに、私の心は舞い上がってしまった。

 しかもスマホとなれば、一番プライベートな部分に触れられるということじゃないですか!

 人間として白川くんを想っていた頃には想像もしなかった、夢のようなシチュエーション。


 私の中でなにかが弾けた。


 よぉ~し!こうなったら、白川くんのスマホとして、思う存分楽しんでやるんだからぁ~!


 こうして、諸々の謎は残りつつも、夢のようなスマホライフが始まった。



 白川くんの朝は早い。部活の朝練があるからだ。


♪ピロリロリーン♪

【白川くん、朝だよ。起きて♪】


 アラームを消そうと、白川くんが私の脇腹のボタンを押す。


『くすぐったいッ』


 少しづつ慣れてはきたものの、白川くんに触れられていると思うと、嬉しくもあり恥ずかしくもある。


♪ピローン♪

【白川くん、メールが来たよ♪】


『週末は友達と映画を観に行くんだね。もちろん、私も一緒ッ!』


 お風呂以外、どこに行くにもいつも一緒。白川くんが寝ている時も、枕元で寝顔を見つめることができる。


(あぁ、なんて夢のような幸せな時間!)


 ふと気付くと、白川くんが私をじっと見つめる。


『そんなに見つめられたら恥ずかしいよ⋯⋯』


 って、私じゃなくYouTubeを観てるのよね⋯⋯いかん、いかん、静まれ、私。


 そうそう、何を隠そうこの私。視覚的ではないけれど、私のお腹⋯⋯違う⋯⋯画面に表示されていることは、自然と認識出来ているみたいで、白川くんがスマホで見ているYouTubeとかもちゃっかり一緒に楽しんじゃってるのです。


 ♪ピロリロリーン♪

【サッカー部の友達から電話だよぉ~】


 スマホになって以来、電話がかかって来る度に私のドキドキが止まらない。

 それはなぜって?

 耳元に当てられる時に顔が至近距離になるから、キスされるみたいなんだもん!


 そんな妄想大暴走な私を、ふと白川くんがそっと両手で握りしめた。

 ドキッとして白川くんを見ると、私に映し出されたピクチャーライブラリーを見ているところだった。


(結構たくさん写真を撮る人だったんだぁ)


 私の身体を指で撫で⋯⋯もとい、画面をスクロールしながら保存されている写真を見つめる白川くん。


『そんなに撫でられたらおかしな気分になっちゃう⋯⋯』


 またしてもあらぬ妄想が私の脳裏をよぎる。


『ダメダメ、私はスマホなんだったわ』


 むなしく我に返ると、白川くんが心なしか寂しそうな顔をしていた。


(あ⋯⋯。これ、私だ⋯⋯)


 スクロールの止まった私に映し出されていたのは、人間だった時の私と白川くんが、教室で話しながら笑っている姿。


(こんなの、いつ撮られたんだろう⋯⋯)


 全く記憶にないところで撮られたツーショットにも驚いたが、白川くんの寂しげな表情が気になって仕方がなかった。


(私がいなくなったこと、悲しんでくれているのかな)


 私の変な態度のせいで白川くんを遠ざけてしまった上に、そのままスマホになってしまったから、私の事をどう思っていたのかも分からないままだったんだ。


 スマホライフが板について来て、楽しさだけに気を取られていた私は、ふと、残された人の気持ちに触れ、心がぎゅーっと締め付けられた。


『私は白川くんのそばにいるんだよ』


 スマホになってしまった私は、どれだけ思っても届きはしない後悔の念に、少しの苛立ちを覚えていた。



──────────



 夏が過ぎ、3年生だった白川くんは部活を引退して、大学受験に向けて勉強に本腰を入れ始めていた。

 部活から離れた白川くんは、心なしか笑顔の時間が減っているような気がしていた。


 でも今日は、後輩たちが白川くんの引退を惜しんで開いてくれた食事会に招待されていた。


「白川先輩、たまには練習覗きに来てくださいね!」


「もっとたくさん一緒にプレーしたかったッス!」


 後輩たちの嬉しい言葉に、白川くんは笑顔で答えていた。


(勉強ばっかりの時間が多かったから、今日は息抜きになったかな)


 私は、後輩に囲まれて楽しそうにしている白川くんを見て、少しホッとしていた。



 食事会が終わり、白川くんは少し涼しくなった秋風を受けながら、送別会の余韻に浸っているように、川沿いの道をいつもよりゆっくりと家に向かって歩いていた。

 そして私は、白川くんのジーンズのポケットに納まって彼の温もりを感じていた。


(やっぱり、白川くんの体温って心地いいなぁ~)


 またしても妄想じみた感慨にふけっていると、突然、私の身体がふわりとした浮遊感に包まれた。

 そして次の瞬間、とてつもなく大きな衝撃を受けた。


『なに、何、ナニ!?』


 私の身体にヒビが入ったかと思うと、間髪入れずに冷たさを感じはじめた。


『水⋯⋯!!』


 白川くんがポケットから鍵を取り出した拍子に、私も一緒にポケットから抜け出て、地面に叩きつけられた後、そのまま川に落ちたようだった。


 白川くんの姿が波打つ水面の向こうに遠のき、やがて見えなくなった。


『私壊れちゃう! 早く拾い上げて!!』


 その願いも虚しく、ただただ静かに、身体が芯まで冷たく濡れていく。


『白川くん、助けて! このままなんていやぁ~!!』


 私の意識はそこで途絶えた。



──────────



(温かい⋯⋯)


 柔らかな温かさを感じた私は目を覚ます。


(あれ、私⋯⋯)


 顔を上げると目の前に小さなピンク色の突起があった。

 私の意思とは全く違うところで身体が勝手に動く。そして私はその突起を咥えた。


(美味しい⋯⋯)


 その突起から出てきたものが何かは分からなかったが、温かなその液体は私の喉を通り、身体中にその温かさを伝えた。身体がそれを欲してしいていることだけはわかった。


 ひとしきりその突起に吸い付いた後、私は突起を口から離して辺りを見回す。


 えっ!!


 周りには産まれたばかりの子犬が私と同じようにピンク色の突起を咥えていた。

 私も今、このピンクの突起を咥えてた⋯⋯。


 って、もしや⋯⋯


 私⋯⋯


 今度は犬になっちゃってるのぉ~!!??

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