第8話 好きの反対は

 かけがえのない親友、それはあたしにとって加奈だけだった。


 加奈が好きな人の話をしないのは、そういう色恋沙汰に興味がないからだと、いつのまにか思い込むようになっていたことに、あたし自身はまったく気がついていなかった。誰に対しても、同じように接する彼女は、きっとあたし以上の相手に出会うことがない。


 そんな身勝手な妄想すら、心のどこかで根を生やしていた。


 けれど、そんな理想的な展開なんてのは、結局のところ現実離れしていた。あたしは誰かのことを好きになってしまうし、彼女だって誰かのことを好きになる。


 加奈のことが好きだと気がついたのは、ごく最近のこと。初めのうちは「そんなわけない」と自分の心の中で思っていたものの、だんだんとその気持ちが『誰にも加奈とのことを干渉されたくない』に変わってしまったのは、いったいいつからだったのだろう。


 彼女の中での『特別』になりたい。誰といるときでも、なにかをするときにも、一番最初にあたしのことを想い出してほしい。たとえ気持ちが通い合わなくても、それが叶えば満足できる。


 なんてね、わがままなんだよ。そんなことは、自分自身がよくわかっている。


 加奈との関係に、それを揺るがすことのない硬い鍵がほしかった。二人で一緒に鍵を閉めて、もうこれで大丈夫だから安心してねと、そう言ってほしかった、別に親友とか恋人とか、関係性を示す言葉は要らない……。


「んなわけ」


 ないよね。


 一番おそれていたのは、彼女があたしのことを『好きではない』という状態に陥ってしまうことだった。それはつまり、好きの反対……ということだけれど、端的に言い表すならなんだろう。


 好きの反対は、嫌いではない。好きも嫌いも、あたしにとっては同じ状態にえる。なぜならそれは、どちらも誰か一人に対して興味を抱いていることに、違いはないはず。


 好きではないは、興味がない。それを表現するのに最適な言葉はきっと、無関心。


 関心がなければ、ほんの少しだって考えてくれやしない。もしそうなれば、特別になりたいだとかそんなちっぽけな妄想は、いとも簡単に崩れ去ってしまう。そんなのは嫌だね。そうなるくらいなら、もとからあたしの存在ごと忘れてほしいかもしれない。


 友人と恋人のあいだには、なにもないのだろうか。


「親友……か」


 親しい間柄の友人という意味で、親友という言葉があるけれど、あまり使いたくない。親しいか親しくないかなんて、どちらか片方だけ考えていても仕方がない。例えばあたしが加奈のことを親友だと思っていても、加奈はそうでないかもしれない。


 いや、こういうことは考えるべきじゃないね。


 それでも、加奈はあたしのことを『親友』だと言ってくれている。


 他人の頭の中なんて覗けないのだから、人は他人の口からこぼれた言葉を拾って、信じることで関係を築いていく。だからこそ、あたしは加奈との関係を親友だと想ってきた。なのに、あたしはどうしてしまったんだろう。


 ただどうしようもなく、彼女の特別になりたいと願っている。


 夕方になってもうだるような暑さが続くなか、あたしは布団の上でごろごろと転がっていた。余計なこと考えず、ひたすらに遊んでいた。


 すると、携帯の着信音がピロロンと鳴り響いた。そろそろ寝ようかなと思っていたところだったので、いったい誰なんだよとか思いつつも開いてみると、そこには【かな】の二文字が表示されていた。


「うぇぇっ?!」


 今まで出したことのないような声を発したあと、あたしはそっと応答ボタンを押した。


「もしもし…加奈?」


『おお、紫織ちゃん! 今電話だいじょぶ?』


「え、ああ、うん。平気」


『美香ちゃんと話しててね、今度遊ぼうってことになったんだよぅ』


「美香と?」


 突然の登場に驚いていると、そのことを察したのか、名前が出てきた経緯を話してくれた。


『最近ちゃんと会って話してなかったし、せっかくだから紫織ちゃんも混ぜて遊びに行こう、ってことになったの』


「んぁ、なるほどね」


『それで、どうかな? 今週の土曜日にするって、なんとなく決めてるんだけど』


「ちょっち待って」


 あたしはかばんの中に入っていた手帳を取り出して、バイトのシフトと被っていないか確かめた。


 今度の土曜日…土曜日っと…。


「大丈夫だった!」


『なら、土曜日でよさそうだね。紫織ちゃんからも、土曜日だいじょぶって美香ちゃんに連絡してみてー』


「おっけー」


『じゃあ、電話切る…ね?』


「うん……ありがと、加奈」


『ずっと三人で会ってなかったもんね。久しぶりだから楽しみ』


「学校ではたまに会ってない?」


 そう返してみると、加奈はため息交じりに言葉をこぼした。


『あんなの会ったカウントにならないよ~』


「ふふっ、そかそか」


『笑うなー!』


「それじゃあまた。おやすみ」


『うん。おやすみ~』


 電話を切って、再び手帳に目を向けてみる。つい数分前まで【バイト】と【ボラ部】としか書かれていなかった八月のカレンダーに、【三人で遊ぶ】というものを書き加えてみた。


 楽しみだなという気持ちと一緒に、ある疑問が頭から離れてくれなかった。それは、どうして加奈はわざわざ美香と連絡をとっていたのか、ということだった。


 美香と加奈は、同じボラ部所属ということを除けば、それほど接点がない。そもそも、彼女たちが知り合った原因があたしだったりするわけで。加奈が美香に近づいた……のは、なにか理由があるんじゃないか。なんて考えてしまう。


 二人が仲良くするのは、そんなに考えるほどのことではない。今までだって、こういうことがなかったわけじゃない。


 それなのに、なぜこんなにも心がざわついてしまうんだろう。

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