第2話 友情と嫉妬と
神田くんは、あたしの思っていた以上に社交的だった。学校の近くにある公民館へ行ったり、週末には地元の老人ホームでボランティア活動をしていた。あとは、地域の清掃活動に参加したり、食料品の配達を手伝ったりもした。もちろん、それぞれの場所で役割分担をすることで、たくさんの人の手助けをすることができた。
あたしは、半ば強引にボラ部へ入部させた二人がそんなに熱心に活動しているのを見て、とても感心していた。もちろん、毎日毎日全力で活動しているわけではないので、部室でまったりサボる時間もあった。神田くんが陸上大会の走り込み練習をするために、加奈と二人だけで活動する日もあった。
「神田くん、やっほー」
「林原やっほ。富士宮さんも」
彼はすぐに加奈と仲良くなった。初めてまともに話した日からすでに、彼は加奈のことを気にしていたのは違いないだろうと思っていた。誰にでも優しく接する加奈と、他人に対して壁を張る気がない神田くんはきっと仲良くなる。あたしはそう確信をもっていた。
もっと言えば、やはり神田くんと加奈のあいだに何かあるのではないかと疑っていた。少しだけ嫉妬していた。加奈と仲良くなるのにそれなりの時間がかかった過去を思い出すと、なぜ神田くんはそんなに加奈の信頼を得ているのだろうと考えていた。あたしはまだ、神田くんに対して心を開けずにいる。
「林原って、ほんと小説好きだよな」
「うん。昔から本読むの好きだったから、今でも小説は読んでるんだ」
「へぇ。なんかかっこいいな」
「そ、そっかなぁ…?」
加奈とあたしが仲良くなった理由は、小説だった。知り合ったときから、加奈は本の虫で、一か月のうちに数十冊読むことだってあった。あたしも加奈ほどではないものの読書は好きで、よく本屋で買って読んでいた。加奈は学校の図書室によく行っていたので、いつだったか、
「どうしていつも図書室にいるの?」と聞いたことがあった。それに加奈は、
「だって、ここならお金がなくても本が読めるもの」と口を少しとがらせて返してきた。
そのときの加奈の悲しそうな顔は、今でもよく覚えている。しかし、それがあったからこそ、あたしは加奈に買った本を貸すという方法が生まれた。そうなることで、必然的に加奈と話す機会が増えて、どんどんと親密になっていった。
あのときと比べて、加奈は明るくなった。もともと優しい性格だったからか、加奈の周りに人が集まることも珍しくなくなった。セミロングで物静かな雰囲気なので、実は男子からの評判も上々だったりするわけで。これはあたしの勝手な予想だけれど、たぶん神田くんが加奈のことを知っていたのは、そこからじゃないかな。そう考えれば、あのときなぜ加奈のことを知っていたのかの辻褄は合う。
そして単純に、加奈と神田くんの相性がよかった。彼女がこんなに楽しそうに小説のことを話している相手が神田くんなのが、なんとも複雑だけれど。
それでも、あたしは二人が楽しそうに過ごす姿を見て、少しでも三人で一緒にいることができたらいいなと思っていた。
加奈はあたしと二人でいるときに、神田くんの話をする頻度が日を追うごとに増えていった。
その日も神田くんは陸上部で学校に残り、加奈と二人で帰り道を歩いていた。
「神田くんって、ほんとに優しいよね。私が困っているときにはいつも助けてくれるし、一緒にいると楽しいし。紫織ちゃんも、神田くんと仲良くなれたらいいのに」と加奈が言った。
あたしはその言葉に、微かに寂しさを感じた。初めこそあたしが中心で加奈と神田くんは関わりあっていたけれど、今ではあたしがいなくとも二人は仲良さそうに話している。彼女の言葉に、あたしは自分が置かれている状況を再確認していた。
二人はもう既に仲がいい。あたしは、加奈と一緒にいるときでも、本当の疑問は聞けていない。このままでは、加奈と神田くんがいい友達になるのを見ているだけで終わってしまうだろうか。
「神田くん、たぶん加奈のこと好きだよ」
聞くことを諦め、あたしは思っていることをそのままぶつけた。加奈はびっくりしたようにあたしを見た。そして、少し驚きとともに、笑ってこう続けた。
「紫織ちゃん、それは違うよ。わたしと神田くんはただの友達なんだから」
加奈の言葉に、あたしはほっとしたような気がした。でも、それでもまだ自信はなかった。加奈が神田くんに興味を持たないように願いながら、あたしはただ二人が仲良く過ごすことを見守ることしかできなかった。
加奈が神田くんに興味を持っているのかと心配していたあたしは、加奈が神田くんをただの友達として見ていることを知ってほっとした。けれども、あたし自身はまだ心を開けず、加奈と神田くんが仲良く過ごす姿を見ているだけの立場であった。自分がこの三人の関係を崩さないように、慎重に行動しなければと思うとともに、今度は神田くんの気持ちが気になり始めていた。
そんな中でのまた別の日の放課後、加奈は神田くんと二人で帰ったらしい。
この話をするときに、彼女はまずはじめに、
「紫織ちゃんのこと、忘れてたわけじゃないよ。ごめんね」と謝ってきた。
あたしは何も言えず、ただ彼女が笑って話している姿を見ていた。彼女の話を聞くだけの余裕はなく、二人のあいだにあたしがいなくとも気楽に話せる関係になったんだ、なんて考えていた。あたしがいるときもいないときも、加奈と神田くんの距離はだんだんと縮まっていて、あたしはそれを傍観しているだけのような気がしていた。
「いいよ、謝んなくても」
「ありがとう。それでね、神田くんっておかしいんだよ」と加奈は意気揚々と事の顛末を話し始めた。
道中で、神田くんが加奈に小説のことや好きな音楽について聞いたらしい。そして、加奈が小説好きなことを知った神田くんは、彼女に自分の好きな小説を勧めたり、一緒に本を読んだりするようになったらしい。加奈はその姿勢にとても感心していたが、あたしはまたしても嫉妬心を感じていた。あたしの知らない加奈の一面を、神田くんは知っている。それが彼女たちの関係をより深めていることを知り、あたしはますます落ち込んでしまった。
あたしは、神田くんに対して嫉妬している。それに気づいたことで、自分自身がなんて馬鹿なんだろうと思うほかなかった。
「ちょっと、神田くんのこと見直したかも」と加奈は締めくくった。
その言葉が友達としての意味なのか、それとも恋愛としての好きという意味なのか、聞いてみる勇気は残っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます