第31話

 帰宅した頃には、俺の心はボロボロだった。自分で自分が分からなくなりそうだ。


 スマホをいじると、ネット速報が飛びこんでくる。

 日本最強パーティ【コル・レオニス】が第7層攻略に失敗。どうにか生き残ったものの、病院で生死の境をさまよっているという。


「……人生、いつ死ぬかも分からないなんて……ままならないよな」


 追いつめられた末、俺はカメラを回し、その場で配信をはじめる。誰でもいいから繋がりたかった。


“ひさしぶりやんけ!”

“今まで何してたんや!”

“心配してたんだぞ、貴重なオモチャ――ゲフンゲフン! 人生の楽しみがなくなっちまったのかと思って!”


 ほどなく、リスナーたちが押し寄せてきた。


“今日はダンジョン配信じゃないのか”

“なに、雑談枠?”

“男と駄弁る趣味はねえ! 女と駄弁ったことないけど!”


 リスナーの問いに、俺はボカしたような解答をする。


「悪い、最近いそがしくてな……配信の趣旨は……なんだろう? なんとなく始めただけなんだよな……」


 俺のテキトーさにツッコミが殺到した。


“なあ、レオポルト……エミルもさいきん配信してないんだけど、何の告知もない……なんか聞いてねえの?”


 俺は気になるコメントに目を留める。彼らにも伝えておくべきか。


「これは余談なんだが――」


 俺はたんたんと近況――恵美との契約を解除したことについて解説していく。恵美のプライベート情報を隠しつつ。


「――というワケなんで、エミルが今どうしてるかについては知らない」


 リスナーたちが困惑の声を上げる。


“は???”

“なにがどうなって、そうなってんの!?”


 俺は見てみぬフリをする。


「俺はずっとボッチだった。以前に戻っただけの話だよ……ベテランボッチをナメるなよ? 昼休みだって便所飯なんかしたコトない! 悪いコトしたわけでもないのに、なんでコソコソしなきゃならないんだ? 教室で堂々かつ黙々と食ってたわ!」


 関係ない身の上話をして気を紛らわせた。このまま溶けて消えてしまいたい。


“いい加減にしろよ!”


 とあるコメントがそんな俺の態度を叱責した。


“事情はよく分からんけど……このままでいいと思ってないだろ? お前の顔見てたら、そんくらい分かる!”

「……っ!」


 俺は歯を食いしばった。平静をとりつくろって喋りかける。


「おいおい、ムチャ言うな。迷惑かけるワケにもいかない……俺の気持ちはともかく、エミルのほうが俺にウンザリしてるかもしれないだろ?」

“エミルがどうかじゃなくて! お前はどうだって話をしてんだよ!”


 目をそらすなという糾弾が俺をさいなむ。


「……俺にどうしろってんだ! これ以上、エミルのそばにいたら! 俺が配信を始めた動機――夢の趣旨がブレちまうんだぞ!」


 俺は若干、語気を荒げて応じた。


「ボッチのままでいいと宣言した俺に! だれかと深く関わる資格なんてない!」

“……俺は冒険者だ。数年間ずっと第3層に手こずってた”


 先ほどから俺に食ってかかるリスナーが、唐突にそんなコメントを打った。


“身体はっても財布はカツカツなまま……生きるのがツラかったよ。配信を通して他人の人生を眺めんのだけが楽しみだった”


 赤裸々な思いが文面から伝わってくる。


“盛り上がる反面、配信が終わった瞬間、むなしくなってた……ああ、俺はそこに到達できないモブなんだって”


 けど、とそのリスナーが前置きする。


“エミルの背中を見ていたら! お前が落ちこぼれだったと聞いて! 俺もなんか出来るんじゃないかって奮い立たされた! ひさしぶりに本気でいどんだ――結果! 第4層に到達できたんだよ!”


 俺の配信の影響で、前に進めた実例がいる。俺はその事実にふるえた。


“お前のおかげで、俺は自分の人生も楽しめるようになったんだよ! その恩人が! なさけない顔してんじゃねえ!”


 俺はこれまで他者に影響を与えることを避けてきた。他者に影響されることもイヤだった。制御できない流れに翻弄される気がして……。


 しかし人と人とが折り重なって生まれる結果ドラマは、これほど胸を打つものなんだな。

 たとえ相手の顔と名前を知らなくても、ささいな言葉やキッカケでも。人は救われてしまえる。


 ほかのリスナーも次々とコメントをよせてくる。


“しゃあない! クッサいノリに付き合ってやるか……コミュニケーションってのは、たがいに対して敬意を払う間柄でのみ発生すると思うんよね”

“それ分かる! ソリの合わない相手に、本気になっても熱意は伝わらんし”

“はたから見てると……お前とエミル、スゲー相性よさそうに見えたぞ?”

“それなのに、すれ違っちゃうのはもったいなくね?”


「悪い、みんな……配信はじめたばっかだけど、やることができた!」


 俺はリスナーの声援に押されて立ち上がる。配信を切り上げた。

 自分がどうしたいのか、ハッキリ自覚できた。恵美への感情にラベリングもできた。


「あとは行動あるのみ!」


 俺は出来ることをしようと動き出した。

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