第32話

「また来たんだ、せんせー……」


 厨松邸内の私室へと踏み込んだ俺に対し、恵美が呆れたように言った。


「なんか外が騒がしいみたいだけど?」


 恵美の指摘通り、屋敷の外では怒号が飛び交っている。 


 鎮たちの仕業――一斉検挙だ。厨松グループにワイロを渡された政治家の失脚など、準備を整えた上で敢行している。


 俺は大きく息を吸い込み、あらたまった表情で声を吐き出す。


「わるかった! まずは謝罪させてくれ!」


 頭をさげたまま、思いのたけを打ち明けていく。


「俺は不誠実だった……お前とどう向き合うべきか、答えを出せなかった!」


 俺は面をあげて決然とした眼差しを恵美に向ける。


「でも今は違う! ……頼む! 俺と一緒にいてくれ! お前のことが好きなんだ!」


 恵美が呆然とした面持ちで俺の言葉を受け止めていた。引きつるような声を絞りだす。


「ゆ、夢のコトはいいの!? ウチがそばにいたら! せんせーはリスナーのみんなにウソついたコトになるジャン!」


 俺はもう迷わない。生きかたや信条、配信スタイルをザラッと変えることになろうと。


「そこはそれ、だ。お前を放っておくほうが、あとでよっぽど後悔する!」


 俺は恵美の懐に飛びこむ。決して逃すまいとして。


「今度は、お前の本音を聞かせてくれ! お前は俺のこと、どう思ってる? 一緒にいると迷惑か?」


 恵美がうつむいて小刻みにふるえる。


「メーワクなワケない……ウチだってせんせーともっと一緒にいたい!」


 一転、涙をこぼしながら訴えかけてくる。


「ずっと誰かにウチを認めてもらいたかった! 今は、せんせーに必要としてほしい!」


 俺たちは自然と抱きしめ合う。たがいの存在を感じて離すまいと。


 ……どのくらい経っただろうか。一時間はそうしていたような気もするし、一瞬と言われても納得する。


 ふと、恵美が疑問を発する。


「……ところで、ウチの親はどうしよっか? あの人たち、頑固だから説得できないかも」


 俺は懸念を吹き飛ばしてやるべく、恵美の髪をなでる。


「そこも大丈夫だ……お前を縛らせはしない」


 恵美を奪還すべく動き出してから数日、俺は厨松グループのスキャンダル、その証拠をつかんでいる。

 それはとある人物のおかげなのだが……ともあれ、言い逃れしようのない内容だ。


 鎮の分析によれば厨松グループは、


「ダンジョン内で新製品の試験運用をしていたことは認める。しかし連絡の不備で無許可という形になってしまった。

 また、ダンジョンに干渉してしまったのは誤作動であり、そのような機能をつけた覚えはない」


 と主張するつもりらしい。


 かなりムリのある筋書きだが……政府としても、そういうシナリオのほうが都合がいいらしい。国益を考えると、厨松グループの信頼を完全に失墜させるより、ある程度のケジメをとらせるに留めたほうが無難だ。


 だからこそ俺が不祥事の証拠をにぎっておけば、恵美の父は逆らえない。


「なにも心配しなくていい。俺が――」


 俺は声を途切れさせた。


 スマホが災害アラートを発している。


「ついに……スタンピードが起こるのか!」


 俺はスマホ画面を見つめて怒鳴った。


          ★ ★ ★


 スタンピード注意報を受け、俺と恵美は新宿ダンジョンにおもむく。


 鎮もまた検挙を切り上げ、職場に戻った。


 管理局ビルのロビーは人であふれかえっている。モンスターの地上進出阻止のため、招集された連中だ。

 日本人のみならず、さまざまな人種が混ざっている。この瞬間を予期して海外から呼ばれた腕利きである。


「俺たち局員は銃後のサポートに徹する……頼んだぞ、江藤!」


 俺は鎮に送り出された。ダンジョンの入り口――穴をふさぐ隔壁の前で、隣の恵美に問いかける。


「スタンピードの苛烈さはいつものダンジョンの比じゃない。戦闘ではなく、戦争だ――それでも参加するか?」


 恵美がブンブンと首肯する。


「ウチじゃたいして役に立たないかもだけど……せんせーをひとりで行かせないし! 鎮さんから聞いた……もとをただせば、厨松一族うちが原因なんでしょ? ウチが責任とんないで、どうするっての!」


 ともに進むと決めた直後だ。覚悟に水を差すことはできない。


 俺と恵美は冒険者の一団に混ざり、開かれた隔壁の奥に進んでいった。


          ★ ★ ★


「ヤバすぎ! ウジャウジャいんじゃん!」


 第1層に降り立って早々、恵美が悲鳴のように叫んだ。


 大量発生したモンスターの大軍。それは雲霞のごとくと形容するにふさわしい。地上を目指して眼光をほとばしらせている。


「エミル、ついてこい!」

「りょーかい!」


 俺と恵美は息をあわせて突撃した。一体ずつ確実に駆逐していく。


 冒険者サイドの戦列の乱れ――やられそうになっている人を見かけるたび、フォローに回った。戦線を押し上げて突き進む。


「すまない! たすかった!」

「レオポルト! エミル! いつも配信みてるぞ!」


 共闘した冒険者たちから声をかけられた。

 そこにこめられた親しみを感じ取り、俺は自分自身と評判が変わったのだと悟る。


「応援ありがとな! 死ぬなよ! 生きて、また配信に遊びに来てくれ!」


 俺は返事をして彼らと別れ、先へ先へと。


「――加勢いたします!」


 俺たちのそばに駆け寄る影がある。アゲート――恵美のクラスメイト、辰木瑪瑙だ。

 刀を一閃、俺と恵美の背後から迫るモンスターを切り伏せた。


「アゲート! 協力してくれて、たすかった!」


 俺はアゲートにペコリと頭をさげた。

 厨松グループの陰謀の証拠、その情報源は彼女だ。


 アゲートは辰木コンツェルンのご令嬢。そして辰木コンツェルンは厨松グループに匹敵する大企業だ。

 当然、独自の情報網を持っている。業界内の秘密を暴くことに関しては、警察以上の組織力だ。厨松ライバルの弱味を握れるとあってか、積極的に動いてくれた。


 管理局側から正式に調査協力を要請していては、時間がかかる。

 だから俺はアゲートという辰木上層部へのホットラインを利用させてもらった。


 アゲートがうすく笑む。以前より険が抜けていた。


「お役に立てたのであれば、なによりです」


 恵美が考えこむようなしぐさを見せる。


「もしや……アゲートちゃんのおかげで、ウチは自由になれたっぽい? ……ウチからも礼を言わないとだし! ありがと!」


 恵美に手を握られ、アゲートが照れくさそうにする。


「いえ……お友達のためですからね」


 なごやかな雰囲気をブチ壊すように、モンスターが湯水のごとく現れる。


 俺たちは気を引き締めてモンスターどもと対峙する。


「往くぞ!」

「まっかせて!」

「はい!」


 三人ひと塊になって突撃した。

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