第24話

 アゲートと別れたあと、俺は恵美に詳しい事情を問い詰めていく。


「それで? あの子は、何者? お前とどういう関係だ?」


 すでに配信を切っているため、プライバシーを公にさらす心配はない。


「あのコの名前は辰木瑪瑙たつきめのう……ウチのクラスメイト」


 恵美がポツポツと語った。


 たしか恵美は都内有数のお嬢さま学校に通っている。

 その同級生であることに加えて、『辰木』という名字。俺は推測を口にする。


「もしかして……辰木コンツェルンの関係者か?」


 恵美がうなづく。


「そ。厨松グループうちと勢力を二分する、ダンジョン関連の大企業のご令嬢さん……ウチとはウマが合わなくてさ。一方的に避けられてきたワケ。いっつも周囲に興味なさそうな顔してたし……あんなに必死な面があるなんて知らなかったよ」


 恵美が自嘲しながら頭をさげてくる。


「アハハ……勝手に決めてゴメンね……あのコがさ、あんま勝手なコト抜かすモンだからハラ立っちゃって」


 内心の動揺を反映してか、靴先で砂地を掘っていた。


「あのコの思い通りになるのは……なんかシャクだなと思ったの。せんせーを渡すモンかって意地を張っちゃった……メーワクだったかな? ホントはせんせーもひとりのほうがいい?」


 恵美がひかえめに問いかけてきた。その目がたよりなく揺れる。


 俺はしずかに首を横に振る。


「心配すんな。どう考えても、迷惑なのはあの子のほうだろ……俺の分まで、アゲートに怒りを叩きつけてやってくれ!」

「……っ! うん! まっかしといて! ウチ、本番には強いタイプなんよ!」


 恵美が喜色満面になった。ぴょんぴょん跳ねそうなくらいだ。


 ……よかった。俺は胸をなでおろす。恵美には笑顔でいてほしいから。

 俺は腕を組んで考えこむ。


「……とはいえ、お前が上級冒険者アゲートに勝てる確率は極めて低い」

「そこをなんとか! 一気にパワーアップできる修行とかないん!?」


 恵美が拝み倒してきた。


 俺は即座に突っ込む。


「ゲームじゃないんだから、あるわけないだろ」

「だよねー……決闘の日まで地道にきたえるしかないかー」


 恵美がガクリと肩を落とした。


 露骨にしょんぼりした姿を見ていると、力になりたくなる。


「……まあ、近道くらいは教えてやれるかもな。まともに戦ったら、木っ端みじんだ。相手の裏をかくような初見殺しの技を習得しないと」


 俺は恵美の両肩をおさえる。


「ちょっとばかりハードなダンジョン探索になるぞ……ついてこれるか?」

「バッチこい! 根性みせるし!」


 恵美が俺の手に自分の手をそえた。形を確かめるよう握りしめてくる。


 彼女の期待が直に伝わってくる。俺はそれを受け止めながら、あいかわらず迷っていた。

 果たして……俺は恵美をどうしたいのか、分からない。

 恵美を前に、ハッキリとした答えを明言できていない。


 そんな優柔不断を見透かされていなければいいな、と俺はほのかに願った。


          ★ ★ ★


 第3層の合間に、砂丘を切りぬくようなオアシスがある。

 木々のしげる泉のほとりには、人工建築物が存在した。企業の娯楽施設だ。結界によって周囲のモンスターを寄せ付けない仕組み。


 バトルアリーナと呼ばれるそこでは日夜、冒険者同士の決闘が繰り広げられていた。

 出場者は名誉をかけ、あるいは賞金をねらって血眼になっている。


 俺はすり鉢状の観客席について会場を見下ろす。


 周囲の観客が熱狂をほとばしらせていた。開戦の瞬間を待ちわびている。


「ヒャッハー! モンスターとの戦闘より、やっぱ対人戦だよな!」

「なにせ今回のマッチにはビッグネームが名を連ねてるからな!」

「ミーチューバーのエミルだろ? ……けどよ、ぶっちゃけエミルって強いのか? 冒険者デビューしてから日が浅いって聞くぞ?」

「バッカ! どこにエミルのファンがいるか分かんねーだろ! ……それに! エミルは天才って、もっぱらの評判だぜ? 三ヶ月も経ってないのに第3層まで足を運べてるのがその証拠だ!」


 話題の中心は、やはり恵美。


 俺はスマホを操作し、アリーナ運営の公式配信を視聴する。


“エミルー! 俺たちがついてるぞー!”

“レオポルトのことはどうでもいいけど! 勝ってくれー!”


 チャット欄に俺のリスナーが湧いているようだ。


「エミル……」


 俺は祈るようにひとりごちた。

 決闘の日まで一ヶ月の猶予があった。その間、恵美はハードなスケジュールによくついてきてくれたと思う。あのガンバりが報われてほしかった。


 興奮高まる最中、渦中の人物が舞台上に躍り出る。


“うおおおお! エミルー!”

“ラーフ「応援したくはあるが……上級相手にどこまで食い下がれるか……」”


 恵美が対峙するアゲートにメンチを切る。


「逃げずにきたこと、ホメたげる!」


 アゲートがせせら笑う。


「それはこちらのセリフです……他者との絆が大事? そんな惰弱な輩に、私が負ける通理がありません」


 そして開戦の火ぶたが切って落とされた。

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