第25話

 恵美とアゲートが同時に動き出した。


 勝利条件は、それぞれの胸に装着されたプレートを破壊すること。瀕死の寸前まで身を削り合うのは危険だからな。


「付け焼刃がどこまで通用するか、見物ですね!」


 アゲートが徒手空拳で恵美に襲いかかる。事前の宣言通り、ハンデとして刀を封じていた。

 打撃を流れるように繰り出していく。その所作は洗練されていた。技術を血肉としている証拠だ。


「はっや! 一発も喰らうなって、せんせーが言ってたし!」


 恵美が軽業じみた体さばきを披露、アゲートの攻撃を紙一重で避けていく。冷や汗を垂らしているところを見るに、ギリギリの綱渡りだ。


 アゲートが目を見張る。


「おや? てっきり一撃で仕留められると思っていたのですが……どうやら口だけではないようですね?」


 こともなしと言わんばかり、連撃を続行する。


「キッツ! 反撃の隙なんてゼンゼン見つかんない!」


 恵美が渋面を浮かべて弱音を吐いた。


 恵美とアゲートのパラメータは文字通り、ケタが違う。本来、拮抗すら出来ずに押し潰されていたろう。


 そんなムリを押し通せている要因こそ、恵美の変身スキルだ。

 現在、恵美はヘビ柄のラバースーツを纏っている。ツチノコというモンスターの皮を装備しているんだ。

 ツチノコはこの第3層に出現する隠しモンスター。遭遇頻度が極端に低く、逃げ足が異常に速い。それこそ、上級冒険者でも捉えきれないほど。


 その特性を得たことで、恵美はたぐいまれなる回避性能を発揮している。


 俺の見立てでは、アゲートの攻撃を喰らった瞬間に敗北が決定する。

 海岸での一件で、俺は彼女の戦闘スタイルを目撃していた。

 察するに、彼女のユニークスキルは「敵にダメージを与えるほど強化されていく」たぐいのものだ。すなわち俺の逆。

 勢いの増したアゲートの攻勢に、恵美はたやすく呑みこまれるだろう。


 前衛タイプでありながら魔術もこなす――俺のシンパだからこそ、俺のスタイルを真似ているのかもしれない。


 格下に翻弄されて不快なのだろう。アゲートが舌打ちする。


「逃げ足ばかりは、ご立派なようで」


 ならば、と足元に魔法陣を生み出した。大きく距離をとって魔術を練り上げる。


「面制圧にて、逃げ場をふさいでしまいましょうか!」


 アゲートの周囲に無数の氷柱が現れた。恵美めがけ、矢のようにかっ飛んでいく。


「ずっる! 魔術とか卑怯ジャン! ウチの魔導パラメータの低さ、ナメんなし! ウチだって使ってみたいのに!」


 恵美が軽口をたたいた。ヒーコラ言いながら会場内を駆け回る。


 アゲートがため息をつく。


「敵に泣き言とは……ますます、見下げ果てたもの!」


 会場に突き立った氷柱から冷気がほとばしり、床を凍らせていく。

 恵美の足を封じこめる狙いだろう。


「ちょ!? そんなん反則だって!」


 あわや恵美が足場を失い、足まわりを凍結させられてしまう。逃げようとジタバタするも、氷の拘束具はビクともしない。


 アゲートが恵美に近づいていく。ナメきっているらしく、ゆったりとした歩調だった。


「捕まえました! さあ、断罪の時間です!」


 恵美の眼前に立つや、舌なめずりした。無遠慮に恵美の身体にまさぐる。男だったらセクハラだ。


“美少女同士がくんずほぐれつ……ふう”

“ワイは百合も好みです!”

“いいぞ、もっとやれ――ゲフンゲフン! 負けるな、エミル!”


 配信上、リスナーたちが声援だか野次だか分からないコメントを飛ばしていた。


 アゲートが乱暴に恵美の顎を掴み上げる。


「ねえエミルさん? 決闘のルール上、プレートを破壊するまで決着はつきません……この意味が分かりますか?」


 それは、これから恵美をサンドバッグにするという宣言だった。


 アゲートが嗜虐的に笑みを深める。


「いと尊き御方をまどわせたこと、存分に後悔させてさしあげましょう!」


 恵美がポツリと切り出す。


「……ね、いいコト教えたげよっか?」

「はい?」


 アゲートが聞き返した。


 恵美の声はいまだ力を失っていない。


「これまでのウチはさ……アイテムボックスから素材を取り出し、それを着るポーズを取らないと変身できなかったんよ。当然、アゲートちゃんはそんな隙を見逃してくれるはずないっしょ?」

「なにが言いたいんですか?」


 アゲートが苛立たしげに問いを投げた。


「けど、ウチは成長できた! アイテムボックスから直接、素材を選択して装備できるようになったんよ!」


 してやったりとばかり、恵美が舌を出す。


「変・身!」


 直後、発光と共に恵美の衣装が変化する。毒々しい柄の着物――花魁のような出で立ちへと。

 恵美が袖の下に隠した投射器シューターを起動、視界を埋め尽くすようなクモ糸を放つ。傀儡師マリオネッターのように操った。


 油断の対価、アゲートがクモ糸に絡めとられ、四肢を拘束される。


「なっ!?」

「これはツチグモを倒した時の戦利品だし!」


 アゲートが愕然とうめく。


「ツチグモ……わずか一ヶ月で第3層のフロアボスを撃破したというのですか!?」


 ツチグモは厄介なモンスターだ。砂丘の巣穴に糸を張り巡らせている。しかも糸には呪いデバフが付与されており、獲物の動きをにぶらせるんだ。


 よって今の恵美は糸使いの適性を獲得している。


 恵美がアゲートにウィンクする。


「まんまと近付いてくれてサンキュ! ぜんぶ、せんせーと練った作戦通りだし!」

「くっ! この――!」


 アゲートが手足に力を込める。強靭な糸を千切らんとして。

 上級冒険者であれば、さほど手間取らず拘束から脱してのけるだろう。


 しかし今はその数秒が命取りだ。


「もらったし!」


 アゲートが縛りを振りほどく――より速く、恵美が拳を振りぬいた。狙い過たず、そのプレートを打ち砕く。


「そ、んな……バカな」


 アゲートが愕然とつぶやいた。糸を振り切った拍子、その場で膝をつく。


 直後、観客席がドッと湧いた。歓声が地鳴りのように駆け巡る。


“うおおおおお! さすがエミル!”

“ラーフ「見事! よもや上級冒険者を打倒してのけるとは!」”

“エミル最強! エミル天才!”


 決闘のルールが「相手を気絶させるまで」だったら勝ち目はなかったろう。「もしアゲートが余裕を見せなかったら?」など偶然に助けられた部分もある。


 しかしこの決闘、恵美の勝利だ!


 俺はスタンディングオベーションを決める。


「エミル!」


 もはや誤魔化しようもない。恵美の存在は俺にとって欠かせないファクターとなっている。


「せんせー! どうよ、ウチの勇姿は!」


 俺はいてもたってもいられなくなり、跳躍した。観客席を飛び越えて舞台に降り立つ。

 断わりなく恵美を抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る