第15話
その後も、俺はリスナーのムチャぶりに応えていった。
“接近戦もできるし、魔術も高火力とか……俺のこれまでの努力に謝れ!”
“どうしたら、こいつの困り顔を拝めるんだよ!”
“絶対ムリだろうって条件も軽々とクリアしやがるし!”
俺は樹海を我が物顔で闊歩していく。リスナーと雑談する余裕もあった。
“俺らがスゲーとか反応するたび、感動してて草”
「し、仕方ないだろ! ここまで長かったんだから! お前らに分かるか!? チャンネル登録者数をチェックするため、夜通しF5キーを連打する気持ちが! なにかのキッカケでバズらないかと期待して……結局、何も起こらずに迎える朝の日差しのキツさを!」
“黒歴史すぎワロタ”
“怨念こもってんなwww”
そうして数時間、配信の尺的に探索を切り上げようかと思いはじめる。
ちょうど、渓流のほとりに差しかかったころ。
「――っ!?」
極寒の殺気に貫かれ、俺は足を縫い留められる。
見上げた崖の上、一体のモンスターが俺を睥睨していた。
「SHYWWWОWWW――!」
ソイツの咆哮が大気を震撼させた。
サルの頭部、虎の四肢、狸の胴体。身体のサイズはセルケトより劣るが、圧力はその比ではない。
複数の獣を混ぜ合わせたような容姿に、機械音のような鳴き声。それが意味することは――
“あ、あいつは……
“イレギュラーモンスター!? 一週間前に出現したばっかなのに!?”
ヌエが魔術を発動、全身を帯電させながら飛翔する。スカッドミサイルのような勢いで、俺の眼前に降り立った。
「みんな、悪いけど! コイツ相手に縛りプレイは無しだ!」
俺はあせりを表情に表した。
イレギュラーモンスターの強さは、出現した層の深さに比例して上昇する。
ここは第6層。このヌエの実力は第7層のモンスターに近い。
現在の、俺の禁欲日数は7日だ。我慢スキルのチャージは最高記録の七割程度。
つまり、ヌエに後れを取りかねない。
俺は特大剣を構えてヌエに躍りかかる。
「SHAGYYYRッ!」
ヌエが俺を迎え撃った。迅雷のような速度で、爪を振り回してくる。
俺は特大剣を盾代わり、裂爪の嵐をしのいでいく。隙を見計らい、斬撃を割りこませる――が、うまくいなされた。間合いの外に逃がしてしまう。
たがいの距離が空いたところで、魔術の撃ち合いを演じる。
しかし戦況はかんばしくない。ヌエの繰る膨大な雷電――洪水のような奔流や雷球の掃射を前に、俺は圧されている。
“オイオイ! 大丈夫なのか!?”
“こんなところで終わりなのかよ……!”
“たのむ、勝ってくれ!”
“底辺ストリーマーの成り上がり伝説はまだはじまったばっかだろ!?”
“匿名希望の最強冒険者「なさけない姿、見せてんじゃないわよ! ヌエごときにやられるアンタじゃないでしょ!」”
どうにか拮抗できているのは、被ダメの苦痛を我慢しているからだ。加速度的なチャージによって俺の戦力が増加している。
一歩間違えば、即死する綱渡りだけどな。
「あと一押し、欲しいな――そうだ!」
俺は思いつきを実行するべくリスナーたちに呼びかける。
「みんな、力を貸してくれ!」
“お、おう! 両手を空にかざして元気を分ければいいのか!?”
“応援なら全力でしてるぞ!”
俺は怒鳴るように訴えかけていく。
「概要欄の記載通り、我慢するほど俺は強くなる!」
そして決定的なひと言を口にする。
「だから頼む! 俺を全力で罵倒しろ!」
“““は???”””
ナニ言ってんだコイツというコメントがチャット欄に充満した。
俺は血色ばって叫ぶ。
「だから! 俺に精神口撃をしてほしいんだよ! 我慢するから!」
ようやく納得してもらえたようで、俺への中傷コメントが続々と寄せられる。
“そ、そういうことなら! あとで文句言うなよ? ……やーい、陰キャのDT!”
“雑魚狩りで人気稼ぎして楽しいスか?www”
“一匹狼を気取ってるみたいだけどさ……誰にも相手にされてないだけじゃね?”
“二度とエミルに近づくんじゃねえぞ、犯罪者みたいなナリしやがってよおおお!”
どいつもこいつも……小学生みたいな悪口から、わりと刺さる内容まで。
わりと本気で傷付いてきたじゃねえか!
俺はしょんぼりと肩を落とした。言い返したい衝動をこらえる。
そのおかげで、ヌエを倒せると確信できるレベルまで力がみなぎった!
俺はヌエの猛攻、そのわずかな抜け目をかいくぐった。懐に飛びこみ、特大剣を横薙ぎに振るう。
「こンのクソリスナーどもがあああああ!」
八つ当たりを込めて、ヌエを横に両断した。
泣き別れた肉片が砂利に転がり、粒子と化して消え去る。
俺は特大剣を地面に突き立て、フラつく足腰を支えた。
「はあはあ……まいったか!」
ぜいぜいと呼吸しながら快哉をあげる。
まさか短期間に、イレギュラーモンスターと二度も遭遇するとは思っていなかった。
とはいえ、災い転じて福となすというべきか。大活躍できたと思う。取れ高はバッチリだ。
さぞやリスナーたちの反応もよかろう。俺はソワソワしながらスマホ画面をのぞく。
“こ、こいつ……ドMの変態じゃねえか!”
“ののしられるほど強くなるってマジ?w”
しかし配信の空気は、明後日のベクトルに向かっていた。
“エムポルトやんけwww”
「だんじて違う!」
見過ごせないコメントがあったので、俺はすかさず反論した。
「あくまでスキルの性質がそうなのであって! 俺自身はMでも変態でもない!」
俺が躍起になって否定するほど、リスナーたちが面白がってしまう。
“※ユニークスキルはそいつの人生を反映した効果になります”
“あっ(察し)”
“そんならドMやんけ!”
俺はダダっ子のように手足を暴れさせる。
「ちーがーう!」
“ラーフ「……ああ、そういう意味か」”
先ほどスパチャをくれたリスナーが気になるコメントを打ってきた。
なんとなく不吉な予感がした。俺はおそるおそる詳細をたずねる。
「ラーフさん、何の話?」
“ラーフ「貴方のハンドルネームの由来についてさ。『レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホ』――19世紀に活躍したオーストラリアの小説家……彼の名前から取ったのでは?」”
「え……?」
俺は困惑に眉根を寄せる。知らない人物だ。
俺にハンドルネームをつけたのは、管理局の鎮である。
なぜか『レオポルト』にしろと迫られ、有無を言わさず登録させられた。
だから俺自身もハンドルネームの由来を知らない。
“ラーフ「ちなみに、かの小説家はマゾヒストの語源となった御仁だ」”
「はあああああ!?」
俺は絶叫した。初耳である。
冒険者となってから六年目にしてようやく、鎮のたくらみをさとった。
きっと彼はその小説家について把握していた。同時、俺のユニークスキルについても。
駆け出しのころは、よく彼に相談に乗ってもらっていたから。
つまり『レオポルト』というハンドルネームを与えた理由は、俺に対する皮肉とからかいだ。いつ俺が気付くのか、試していたのかもしれない。
「やってくれたな、鎮ェ……なんつー遅効性のイタズラ仕込んでやがる!」
時すでに遅し。鎮の高笑いが聞こえてくるかのよう。
リスナーたちの誤解がもはや確信に変わっている。
“やっぱドMだったな!”
“性癖を隠さなくてもいいんだぞ? お前がド変態だとしても! 俺たちは味方だ!”
“恥ずかしがる必要はないんやで? ひとたび、自分をさらけ出してしまえば! 解放の楽園が君を待ち受けているのだよ!”
“配信主以外にもヤバい奴いて草”
俺はなかば諦めて苦笑いする。
「ははは……どうしてこうなるんだろうな?」
“¥10000 エミル親衛隊「エムポルト、イレギュラーモンスター討伐おめでとう!」”
“¥5000 第3層に苦戦する凡人「感動しました! 変態でも強くなれるんですね!」”
“¥50000 トロコンマスター「誇るがいい! お前こそ最強のドMだ!」”
なだれ込むように、いくつものスパチャが贈られてきた。
ヌエ撃破のお祝いだろう。いわゆるスパチャ祭りというヤツだ。
札束でボコられつつも、俺は素直に喜べない。
「いつか俺の配信でも……って、期待してたけどさあ! こんな形で迎えたくなかったわ!」
俺の心中とは裏腹に……登録者数が20万に到達、同接数が1万を超えていた。
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