第14話
フロアボスを倒し、俺たちは意気揚々と地上に戻った。そのまま帰宅の運びとなる。
別れ際、しばらくは自分の力だけでダンジョンを攻略すると恵美に宣言された。
いわく、コラボというのは、たまにやるから価値があるのだとか。リスナーは熱しやすく冷めやすい。
教わったことを踏まえて、自分で試行錯誤していかなければ、チャンネルのコンセプトがブレるらしい。
ならば、と翌日。俺はソロでダンジョンに足を運んでいた。
恵美に頼らず、自分の配信スタイルを確立するためだ。俺ひとりでも数字がとれるようにならなければ。
ダンジョンの第6層はうっそうとした原始林だ。恐竜の時代を彷彿とさせるような風景が広がっていた。濃密な緑の匂いで鼻腔がバカになりそう。
天を衝くような巨木の合間、俺は腐葉土を踏みしめて進んでいく。
「さて、今日は! 『縛りプレイ』をしていこうと思う!」
俺はカメラ目線で言った。
“まーた、こいつ……妙なコトを言い出したな”
“前みたいにスベり倒す企画はカンベンな?”
“縛りプレイ? そこはSMクラブじゃねえぞ?”
リスナーのコメントがそこそこの頻度で表示されていく。同接数は7000。恵美がいなくても以前より増えている。いい傾向だ。
リスナーたちの発言にも遠慮がなくなっていた。
「やかましいわ! そっちの意味じゃねえ!」
俺はくだけた口調で応じた。咳払いをひとつ、おもむろに口を開く。
「企画の趣旨を話す前に……ご報告があります! なんと俺のチャンネルの収益化が通りました! 皆様のおかげです! ありがとうございます!」
この間まで登録者数2ケタだった底辺にとっては大快挙だ。
“88888888”
“おめ!”
“¥500 ラーフ「ご祝儀です。お納めください」”
俺はチャット欄を見て、目を輝かせる。
「おお! これがウワサの
俺は丁寧にお辞儀した。
「肝心の企画内容だけど……みんなのリクエストを応募しようと思う!」
“ほう、リクエストとな?”
“つまり、どういうことだってばよ?”
「どんな戦い方を俺にしてほしいか、チャット欄にコメントしてください。そうしたら俺は、ご希望に沿った戦法でモンスターを倒します!」
それが悩んだ末に出した答えだった。俺本来の戦闘スタイルは客ウケが悪い。
ならば自分自身にハンデを課すべきだと思った。慣れない戦い方をすれば、身体のキレがにぶり、自然と目で追える速度域の立ち回りを見せられるはずだ。
第6層であれば、本気を出さなくても戦っていける。
“ほーん、だから縛りプレイってコトね”
“面白そうじゃん!”
リスナーの反応は好評のようだ。手ごたえを感じる。すこし感動してしまった。
「概要欄に俺のステータスを記載しておいた! それを読んだ上で、俺に可能な範囲のリクエストをください! 目についたコメントを任意で拾い、実行していきます!」
“え、マジ!?”
“最前線組のステータス公開!? ネットニュースになるレベルだぞ!?”
“……大丈夫か? ステータスを衆目にさらすのはデメリットがデカくね?”
俺をいさめるようなコメントが混じる。手札を明かした結果、同業者に襲撃されないか、心配してくれているのだろう。
俺は力強く頷きかける。
「問題ない。よくよく考えてみると……俺には、ほぼリスクないなと気付いたんだ。俺はソロで第7層まで到達した男だぞ? なにがしかのスキルに特化していない、万能型だ。どんな状況も、ひとりで切り抜けなきゃならないからな。
かりに襲撃者が弱点を攻めようとしても、そもそも俺に弱点はない」
“手札がバレようと、蹴散らしてみせるって? たいした自信だねえ”
“いやでも! そう豪語するに足るステータスしてるわ!”
“このパラメータ、冗談じゃねえの!? おどろき通り越して笑うしかねえ……”
“俺との差がチワワと怪獣くらいあるんじゃが??”
リスナーが概要欄を参照し、思い思いのコメントを残していく。
“それなら足だけで倒してもらおうか?”
早速、リクエストが俺の目に留まる。
「オッケー! 蹴りオンリーで撃破すればいいんだな――ちょうど試す相手がやってきたところだ」
ガサガサと茂みを掻き分け、地を揺らしながら。モンスターの大軍が俺に接近しつつあった。
全長8メートル、体高は3メートル。迷彩模様の甲殻におおわれたサソリだ。
配信の絵的に俯瞰図がよさそうだ。俺はコマンドを打ちこんで配信ドローンに天高く舞い上がらせた。
“強そう”
“な、なんじゃアイツ!?”
“モンスター辞典アプリで見たことあるぞ! セルケトって名前のモンスターだ!”
“しかも、この数! ざっと見渡しただけでも数十体いやがる!”
“ぜんぶ倒すってなったらフロアボス以上の難関かもな”
“さ、さすがに縛りプレイしながらはキツくね?”
さて、ド肝を抜いてやるとするか。俺はアイテムボックスを開いて特大剣を取り出した。
「蹴りで戦うとは言ったが……武器を使わないとは言っていない!」
俺は靴で特大剣を引っかけて宙に浮かせる。リフティングの要領で滞空させた。
蹴り上げられるたび、空中で特大剣がクルクル回転する。
“どんなバランス感覚してんだよwww”
“ラーフ「……よくやるものだ。刃先に接触すれば、足が切断されるというのに」”
“曲芸師が剣でジャグリングしてるとさ、いつ事故が起こるかとハラハラしない? ……なのにレオポルトがやってると、謎に安心して見守れるよな”
セルケトが押し寄せつつある。その物量たるや、大津波にひとしい。
俺は軍勢めがけ特大剣の峰を蹴り飛ばした。
特大剣がブーメランのごとく飛翔し、セルケトどもを二枚おろしにしていく。
あとは、それの繰り返しだ。俺の元に帰ってきた特大剣をふたたび送り出し、群れを寄せつけない。
“たしか、セルケトの甲殻って……ドラゴンの爪牙も寄せつけないカタさじゃなかった?”
“ちっぽけな人間ひとりに蹂躙されていく姿は……なんというかファンタジーだな”
“戦いは数……そう思っていた時期が、俺にもありました”
ついでに周囲の木々も伐採しておこうか。特大剣を振り回すのに邪魔だ。
ブーメランがセルケトごと、そばの大樹を断ちきった。100メートル越えの倒木に巻きこまれ、ほかのセルケトが身動き取れなくなる。
“えーとさ……新宿ダンジョン第6層の樹木はフロアボスの突進にビクともしない硬度だって風の噂に聞いたんだけど? なんでキュウリみたいにスパスパ切れてんの!?”
“ここまで圧倒的だと嫉妬も湧いてこない”
おっと、遠くのセルケトが飛び道具――尻尾から猛毒の液体を撃ってきた。内部で水圧を高められており、ウォータージェットカッター顔負けの威力がある。
俺は足を閃かせ、無数の水刃を一挙に砕き散らした。
直後、濃紫の煙が俺にまとわりついてくる。気化した毒液だ。経皮性を持つため、息を止めようと、俺の体内に染みこんでくる。
“お、オイ! 大丈夫なのか!?”
「問題ない」
リスナーの問いに、俺はこともなげに答えた。
“毒耐性も万全か……マジで隙がないのな”
“問題ないスか……セルケトの毒、0.1mgで
リスナーたちがしきりに驚いていた。
これだよ、俺がやりたかった配信は! してもらいたかった反応は!
工夫次第でちゃんと魅力を伝えられる! 楽しんでもらえるんだ!
俺は感慨深くなってジンワリと涙腺をゆるませた。
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