第16話

 配信を打ち切り、地上に戻って早々、俺は鎮のもとを訪れる。


 地上に戻ったことで、俺の中から超人的な力は失われた。残されたのは一週間分の眠気と空腹、疲労感。

 禁欲してから数日間は欲求を満たしたくてたまらなくなるが……それを超えると、限界を迎えるまで無感になる。

 ランナーズハイならぬストイックハイ。俺はこの状態をそう呼んでいる。


 管理局の受付の奥、課長職の鎮にあてがわれたオフィスの扉をくぐりぬける。


「鎮さん、おたずねしたいことがあります!」


 俺は開口一番、怒気と共に声を飛ばした。


 鎮が臆面もなく片頬を吊り上げる。デスクの向こうで手を組んでいた。


「配信、見てたぞ……いや、まったく! ケッサクだったな! ぜひ動画に編集してアップしてくれ! 再生数に貢献してやろう!」


 クックッと忍び笑いをもらす鎮を、俺はにらみつける。


「笑いごとじゃないでしょうが! あんたのせいで俺は赤っ恥だ! このケジメ、どうつけてくれるんですか!? こっちは第3層のバトルアリーナで決闘をいどみたいくらいですよ!」

「オイオイ、カンベンしてくれ。引退したロートルを公開処刑したいのか?」


 鎮は俺の剣幕にもどこ吹く風だった。


「落ち着け……逆に言えば、俺のおかげでお前さんは親しみやすさをアピールできた。その事実は否定できんだろう?」

「……そ、それは」


 俺は言葉に詰まった。もとよりボッチ、気の利いた言葉で場を沸かせることはできない。リスナーを楽しませるには、道化になったほうがいいのはたしかだ。


「最近の活躍はめざましいじゃないか。冒険者の間でも、お前さんの印象が変わり始めている……長年、見守ってきた俺としても鼻が高い」


 さも自分の手柄と言いたげな口調だった。あいかわらず、いい性格をしている。

 そういうクセ者だからこそ、俺みたいなヤツと関係性を築けているのかもしれない。


「貴殿のますますのご活躍を祈念しておりますよ」

「……就活のお祈りメールみたいに言わんでください」


 俺はしぶしぶと引き下がる。まんまと丸め込まれてしまった。口ではこの人に勝てる気がしない。


 話を切り替えるように、鎮が目を細める。現役時代を彷彿とさせる鋭利さだ。


「それより、短期間で二度目のイレギュラーモンスターか……どうにもキナ臭いねえ」


 俺も表情をあらためる。


「イレギュラーモンスターの出現頻度は本来、数年に一度ですよね? それが立て続けとなると……ダンジョンの悪意を感じます」


 鎮が重々しくうなづいた。執務イスから立ち上がり、小部屋内を練り歩く。

 目指す先は壁際の戸棚。その上に写真立てが飾られている。


「江藤、キッチリそなえとけ……おそらくスタンピードが起こるぞ」


 鎮が写真立てをつかんだ。そこに映った少女の姿を、まんじりともせず見つめる。

 なんとも複雑な表情をしていた。なつかしむような、それでいて痛みに耐えるような。


 写真の少女は鎮の娘さんだ。スタンピードに巻きこまれて亡くなった。


 スタンピードとは、モンスターの大量発生および暴走現象を指す。ダンジョンの外――地上まであふれかえって惨禍をもたらす災害。

 モンスターへの対策法が分かっていない時代には、あわや世界をほろぼしかけた。


 スタンピード対策こそが、管理局最大の仕事だ。

 各国の研究機関が血眼になって、その発生条件と防止法をさぐっているものの……いまだ全容は解明されていない。


 俺はめずらしく感傷的な鎮に声をかけられずにいた。


「なあ、江藤よ……ダンジョンってのは一体何なんだろうな?」


 鎮が問いかけてきた。俺に答えられようはずもない。自問自答めいた内容。


「科学的に言うと……下に行けば行くほど、気圧が高まるはずだよな? 何キロも潜ってる冒険者はなんで無事なんだ? 地上に戻ってきた際の減圧症に苦しむこともない」


 鎮の解説通り、ダンジョンという構造物は、人類が探索するのに都合よく出来ている。

 配信できていることがその最たる証拠だ。電波が届いている原理は不明。


 天然に生じた洞穴とは思えない。あきらかに何者かの作為を感じさせる。

 まるで、いまだ誰ひとりとして到達していない最深部をめざせ、と言わんばかり。


「突然あらわれたかと思ったら……俺たちの人生を狂わせやがる」


 鎮がポツリとこぼしはじめた。己の過去について。


「娘の命日はな、娘の誕生日だったんだよ」


 無意識にか、ドロドロした想念が声と一緒に吐き出される。


「当時の俺は仕事にかまけていてな。ロクに構ってもやれなかった……あの日も国防軍の任務が急に入っちまってな。誕生日パーティをすっぽかした。当然、娘はお冠だったよ」


 写真立てが振動している。鎮の手のふるえが伝わっているんだ。


「結局、俺は娘と仲直りすることもできず、プレゼントも渡せずじまいだ」


 鎮が写真立てを置きなおした。振り返って、俺と向かい合う。


「お偉いさんがたは、ダンジョンを希望だなんだと喧伝しちゃいるが……絶望の淵以外の何物でもねえよ、クソッタレめ」


 俺をまっすぐ射抜く瞳、そこに尋常ならざる執念の光を垣間見た。


「俺はダンジョンにゾッコンだ。憎くて憎くて、夢に見ちまう。なにもかも解き明かした上で。何者かが裏で糸を引いているとしたら……報いを受けさせてやらにゃ気が済まねえのよ」


 それが現役を退いてなお、鎮がダンジョンに関わり続けている理由だ。


「江藤、覚えときな。ダンジョンは恩恵なんかじゃない。いつ人類に牙をむくとも知れないパンドラの箱だ」


 鎮の警告、その不吉な余韻に、俺は身震いした。

 絶望を吐き出すダンジョン、その底にあるモノは……果たして希望だろうか?

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