第3話
俺が目を覚ますと、既視感のある天井が映った。
純白の壁面、そこに設置された縦長の電灯……周囲の内装を確認するまでもない。ダンジョンの直上、管理局ビルのロビーの一角にある医務室だ。
いつものパターンで搬送されたんだろう。俺は地上に戻った途端、力尽きることが多い。
「お前さん、これで何回目だ? 対応させられる
ベッドの脇、男性が俺に声をかけてきた。パイプ椅子に腰かけながら苦笑をにじませる。
「お前さんのスキルの性質上、仕方ないこととはいえ……加減を覚えろ。自分を追いこみすぎだ。すこしは、いたわってやれ」
俺はベッドから上半身を起こし、男性に頭をさげる。
「毎度毎度、お手間をかけます、鎮さん」
口元にヒゲをたくわえたダンディな壮年男性である。
俺がまともに会話する数少ない人間のひとり。この人が橋渡しをしてくれているおかげで、俺は順調な冒険者ライフをおくれている。
コミュ力の低さと誤解ゆえ、受付の役人と円滑にやり取りできないから。
長い付き合いなので、会話が円滑に進む。
「第7階層を攻略するにはどうしても……」
「ぶっ倒れる寸前まで我慢しないと安心できないんだろ? ……そもそも、攻略する必要があるのか? 冒険者か配信者か……お前さん、どっちに本腰を入れたいんだ?」
「それは……」
俺は言葉をにごした。
配信者として成功した冒険者が必ずしも腕が立つわけじゃない。企画の斬新さだったりトーク力だったり、実力とはべつの要素でウケているケースもある。
配信業をメインにするのであれば、今ほど身体を張る必要はないのかもしれない。
俺は叱られた子供のように弁明していく。
「ダンジョン配信は、いまやレッドオーシャンです。ほかのチャンネルとの差別化をしなければ埋没してしまいます。
鎮さん、俺に爆笑トークなんて出来ると思いますか? 奇抜な企画を立ち上げてもスベり倒す未来しか見えません。
ほかのチャンネルに不可能なオリジナリティを出すには、日本の最前線にいどみ続けることしかないと思うんです」
鎮がスーツのネクタイをゆるめた。チョイワル親父っぽさがただよう。
「ほんとにそうかあ? 俺は配信の素人だから滅多なことは言えんが……お前さんはどうも頭がカタい。視野狭窄におちいってるように見えるね」
「…………」
俺は言い返せず、ベッドのシーツを握りしめた。
「俺が配信にこだわってるのは……社会に対する意地です」
ボッチなりのプライドだ。配信を通して世間への影響力を強めたい。いまのままじゃ俺の主張は誰にも届かないから。
世間はとかく、はぐれ者にきびしい。協調性のない人間は後ろ指をさされてばかりだ。
俺はそれを悔しく思う。理不尽だ。
ボッチだって個性のひとつだろ?
恥じる必要なんかない。孤独でもガンバっていける。自分なりの道を開拓していけるんだって証明したい。
その姿を示して、世のボッチたちを勇気づけたいんだ。
周囲に引け目を感じながら生きる必要はないのだと伝えていきたい。
世間の冷たさに打ちのめされ、立ちすくむ者たち。彼らの後押しになれたら……俺は生きた証を残せる。
俺のあとに続く者たちが増えていけば、ボッチという個性が社会に受け入れられる。
友達や恋人にはなれなくてもリスペクトし、おたがいの領分で支え合っていけたらいいなと願っている。
青くさい理想論だが……以前に打ち明けた時、鎮は笑い飛ばさないでいてくれた。
鎮がおもむろに片眉を跳ね上げる。とっておきの話題を放り投げてくるときのクセだ。
「……ところで、お前さん。自分のチャンネルを確認してみろ。寝こけてる間にとんでもないコトになってるぞ?」
俺はスマホを操作し、専用アプリを起動する。ミーチューブのマイページを開いた。
「はあああああ!? ち、チャンネル登録者数、5万人!?」
スマホの画面がゆれていた。いや、ちがう。俺の手がふるえているんだ。
「なんで!? どうして!?」
意味不明すぎて頭がフリーズしていた。
鎮が理由を解説してくれる。
「キマイラの件は助かったよ。脅威を最小限にとどめることができた……急きょ、事後報告を上に提出しなければならなくなったモンで。俺たち局員側は残業確定に苦しんでるがね」
ダンジョン内のトラブルをいち早くつかむため、国は情報網を構築している。当然、鎮も一連の経緯を把握済みだろう。
「お前さんの助けた女の子は……なんでも大物ミーチューバーだったらしい。お前さんが彼女を助けた時、配信中だった。つまり一部始終を10万人に目撃されていた。そして彼女のファンがお前さんへの礼にチャンネル登録してくれたってワケよ」
……そういうカラクリか。人生、何が起こるか分からないモンだな。
鎮が重々しく腕を組む。
「ともあれ、いっぺん頭を冷やして考え直したほうがいいな。このままじゃマズいことはハッキリしてるだろ? せっかく、つかんだ客を逃がさないようにしな」
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