第4話

 俺は予期せぬチャンスを得た。しかし活かす方法がまったく思いつかない。


 チャンネル登録者が爆増したのは、いっときのお祭り騒ぎみたいなものだ。俺の配信に魅力がなければ、アッサリ切り捨てられる。


 有名なダンジョン配信チャンネルをのぞいて分析してみたけれど……ピンとこなかった。


 どうにも煮詰まってしまう。俺は自宅のベッドにダイブして夢の世界に逃避した。


 ――そして翌日。


「んぅ、ふああああ……」


 スマホの着信音に起こされ、俺はあくびを噛み殺した。寝ぼけ眼でスマホを引っつかむ。


 着信相手は鎮。昨日のキマイラの一件で、なにか事情聴取でもあるのか?


 俺はかすれた声で通話に応じる。


「おはようございます、鎮さん」

『惰眠をむさぼってるところ、悪いな』


 スピーカーの向こう、鎮が軽快にしゃべっていた。昨日は残業だったはずだが、なぜか機嫌がよさそう。


『今日、予定あるか?』


 俺は身構えてしまう。こういう時、鎮はたいてい厄ネタを持ちこんでくるから。


「すみません……ちょうど人と会う約束が――」

『ないんだな? そりゃよかった』


 とっさに俺の口をついて出たウソをさえぎられてしまう。


「ぐぎぎ!」


 一瞬で見抜かれた。ボッチの俺にプライベートで誰かと約束するなんてことはない! 


『管理局ビルまでご足労ねがえるか? 会わせたい相手がいる。詳しい事情は直接、説明するが……お前さんにとっても悪い話じゃないと思うがね?』


 そうまで言われてしまえば、断わることはできない。鎮は俺の恩人だし、振り回されることはあっても、迷惑をかけられたことはなかった。


 俺は毛布をはいで、よろよろと起き出す。


「……今の俺は充電期間です。『我慢』のチャージが足りません。ダンジョンに潜るにせよ、第7層の攻略はムリですよ?」

『安心しろ。そんな深いトコまで潜らせるつもりはない……いや、そもそも。ダンジョン攻略させるかも不明だ』


 鎮の言葉はイマイチ要領を得なかった。誰と引き合わせるつもりだろうか?


 俺はもろもろの疑問を押し殺し、身支度を整えるべく通話を切った。


          ★ ★ ★


 世界で同時多発的に、大規模な地盤沈下が発生したのは数十年前のこと。

 各国は事態の究明をいそぐも、原因は不明。招集された有識者たちは首をひねってばかりだったという。


 崩落がそれ以上、広がる気配がなかったのが唯一の救いだった。


 しかし世界はさらなる異変に見舞われる。穴の奥からゾロゾロと……ゲームや神話にしか登場しないはずの空想生物モンスターが現れ、地上に被害をもたらした。


 各国の軍隊はモンスターを討伐しようと躍起になった。


 しかしモンスターには科学兵器が通用しない。核爆発すら幻のようにすり抜けてしまう。


 あわや人類の繁栄はこれまで。全世界が終末思想に染まりかけたとき、打開のキッカケが生じる。人類初のスキル持ちがモンスターの殺害に成功したのだ。


 モンスターを討伐するにはモンスターの巣窟――のちにダンジョンと呼ばれるようになった穴へと踏み入り、スキルを獲得しなければならない。


 その事実が明るみに出たことで、戦局が一変した。スキルを得た者たちの活躍によって地上のモンスターはまたたく間に一掃された。


 しかし油断はできない。各地に残されたダンジョンには、いまだ数多くのモンスターが巣食っている。いつまた地上にやってくるともしれない。そう予想されたからだ。


 スキルを得た者――冒険者の前進たちは意を決してダンジョン攻略に乗り出し……そして驚くべき朗報をもたらした。


 モンスターのドロップアイテムなど。ダンジョンから持ち帰った資源は、これまでにない優れた効果を秘めていた。それこそ文明の発展に寄与するような。


 ダンジョンは核廃棄物のような厄介者ではなく、福音をもたらす宝の山である。各国は手のひらを返して湧きに湧いた。


 当初は、ダンジョンへの民間の出入りを禁じていた。職業軍人――日常的に戦闘訓練を受けた者を送りこんだほうが安心できるし、なにより世論の風当たりも良かったから。


 やがてダンジョンの存在が当たり前になった頃。軍人たちが培ったノウハウに基づき、ダンジョン攻略マニュアルが作成された。


 ダンジョンにもぐる人手を増やすためだ。少数の軍人だけでは、資源の宝庫をさらいつくせないと各国は判断した。


 国益のため、人権団体や野党、マスコミを黙らせた。そして法整備に着手、民間人もダンジョンを探索できる体制を構築した。


 それが冒険者の始まりだ。


 命がけの仕事とはいえ、その活躍の華々しさや成功した時の実入りのデカさから、子供たちの将来なりたい職業ランキング上位に位置している。


          ★ ★ ★


 そこはかつて西口ロータリーと呼ばれていた。ダイナミックに湾曲した立体道路が新宿駅と接続していたのだという。


 ダンジョンができた今となっては、立体道路は取り払われている。ダンジョンの穴にフタをするように高層ビルが立てられていた。


 公官庁舎のひとつ――ダンジョン管理局の新宿支部だ。


 俺がエントランスを抜けてすぐ、鎮が手をあげて近付いてきた。


「よう、体調はどうだ?」


 俺が立っているのは、吹き抜けの広間である。役場らしく、清潔に整えられていた。


「問題ありません。ひと晩、寝たら戻りました」

「ハハ、若いってのはいいねえ……けどな、忠告しとくぞ? 若い時から不規則な生活をおくってると、後に響くんだわコレが」


 鎮の表情がくもる。昔を思い出したのか、年長者の実感をただよわせていた。彼はダンジョン探索に従事していた元軍人である。


 鎮がおもむろに口を開く。


「さて、呼びつけた理由だけどな……本人の口から聞いたほうが手っ取り早いか」


 鎮が手で指し示した先、ひとりの少女が立っていた。


「お前は……」


 俺は目を見開いた。昨日の今日で忘れるはずもない。俺が助けたギャルだ。


 ギャルがソワソワした様子で目を輝かせている。はずむ足取りで距離をつめてきた。


「はじめまして――じゃないけど! はじめまして! ウチの名前は厨松恵美! あと、エミルって名前で活動してます! 冒険者としては新米! これからよろしくね、レオポルトせんせー!」


 人懐っこい笑顔を向けられ、俺はたじろいだ。こじらせボッチにとって猛毒にひとしい。


 なにやら聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。俺はギャル――恵美から目をそらす。


「……元気そうでよかったよ。俺は江藤歩だ。ハンドルネームは……知ってるみたいだな」


 たどたどしい口調で声をつむいだ。


 恵美が断わりなく俺の手を握ってブンブンと振った。


「あらためて! 昨日はマヂでシビれた! せんせーってばチョー強かったんだモン! あやうくホレるトコだったわー! 聞きたいコトいっぱいあるんだよね! 普段どんなトレーニングしてる? 冒険者歴は何年? 強くなるコツみたいなのってある?」


 ……グイグイくるな、こいつ。拒絶されるコトをおそれない、リア充特有のノリである。


 正直、苦手だった。俺には逆立ちしてもできない。俺と他人は違う存在だから。異なる価値観と思考を押しつけられて傷付きたくない。


 どうしようもなく、俺のルサンチマンが騒いだ。せんせーってなんだよ、せんせーって。


 鎮が無言の俺に助け船を入れてくれる。


「お嬢さん、いきなり質問しまくっても困惑させるだけだぞ? お前さんの用件、イチから説明してやってくれ」


 恵美が我に返ったように手をはなした。恥ずかしそうに頬をかく。


「あ、そっか……ゴメン! ウチってば、そそっかしいトコあるからさ……」


 そうして恵美が語りだした。俺への用事とやらを。


 いわく、チャンネルの企画として冒険者にチャレンジしている最中なのだという。

 そして昨日の俺の戦いぶりにいたく感銘を受けたらしい。

 だからこそ。右も左も分からないので、俺にコーチングしてほしいのだとか。


 恵美がビシリと敬礼してくる。キマイラに襲撃されてなお、気骨が折れていない……見た目に反して図太いな。


「――というワケなのであります! せんせーから手取り足取り、冒険者のイロハを吸収させていただく所存であります、押忍!」


 せんせーって呼ぶな! 俺は顔を引きつらせる。


「や、やっぱり厄ネタだった!」


 脱兎の衝動にかられた。俺は踵を返そうとする、


「――そう来ると思ったぞ。させないけどな」


 のを鎮に邪魔されてしまった。抜け目なく、行く手をさえぎられてしまう。


「鎮ェ……!」


 俺は射殺さんばかり歯噛みした。


 鎮がわざとらしく両手を挙げる。


「おお、こわい。そう睨まんでくれ……現役最強クラスのお前さんに威圧されては、寿命が縮んでしまう」


 男たちの攻防なんてお構いなし、恵美が俺に頭をさげてくる。


「ふつつかな女子高生JKではありますが……以後、末永くよろしく――」

「断わる!」


 俺はパニックになりながら即答した。

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