第2話
主人公の視点ではありません。ギャル視点です。
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「あ、ちょっと待って!」
「ちょっとズルくない? 一方的に助けてくれて……名前も教えてくれないなんて!」
青年の消えた方向を見やり、頬をふくらませた。
恵美は気を取り直して配信ドローンのカメラをのぞきこむ。
「っと! みんな、ゴメンねー! はじめてのダンジョン! ハンパないわー!」
今しがた味わった恐怖を抑えこんで微笑みかけた。
“勘弁してよ! 心臓に悪いって……けど、無事でよかった!”
“だから俺は反対だったんだよ! 『ダンジョンに挑戦してみた』なんて企画は!”
“エミルにいなくなられたら! この先、なにを生き甲斐にすりゃいいってんだ!”
横目にスマホ画面を確認したところ、コメントが滝のような勢いで流れていた。
同接数は10万を超えていた。平均が2万であることを考えれば、異常な数値だ。きっと情報がネットに飛び交ったのだろう。自分が危機的状況にあると。
恵美は申し訳なくなって目を伏せる。
「ホント心配かけてゴメン……でもさ! 正直ビビっちゃったけど! 冒険者デビューも悪くないって思ったよ?」
恵美は配信者だ。ハンドルネームはエミル。チャンネル登録者数は100万。手前みそのようだが、世間でそこそこ名が知れている。
チャンネルのコンセプトは「現役の女子高生が様々な物事に体当たりでチャレンジする」。その一環として本日、ダンジョンにもぐって配信をしていた。
FPSゲームや陶芸、パルクールなど。これまで色々なことにチャレンジしてきたが、命の危機にさらされたことは初めてだった。
しかし不思議なもので、もう二度とダンジョンに潜りたくないという気持ちは湧いてこない。むしろ今も心臓が高鳴っている。
「フツーに生きてたらさ、命の重みを実感するコトなんてないジャン? 冒険者やってたら、ありふれた日常にも感謝できそうっていうか……なにより! みんなも知ってんでしょ? ウチのモットーは?」
“““一度やると決めたなら! 納得いくまでトコトンやりぬく!”””
コール&レスポンス。リスナーたちが一斉に答えを返してくれた。
恵美は満足げにうなづく。
「ウチが進めたのはチュートリアルまで! まだダンジョンでしか味わえない栄養素を補給しきれてない! ここで逃げたらオンナがすたるし!」
拳を突き上げ、やる気を示した。
“いや、けどさ! 死んだら元も子もなくね?”
“エミルが何事にも一生懸命なのは尊敬するよ? 何度もはげまされてきた”
“だからこそ心配なんだって!”
コメントの反応はかんばしくなかったが、とあるリスナーのひと言で流れが変わる。
“ラーフ「自分はエミルのことを応援する」”
見覚えのあるハンドルネーム、メンバーシップに加入してくれている古参の常連さんだ。
“ラーフ「イレギュラーモンスターとの遭遇率は落雷が直撃するより低い。なんでもかんでも心配してたら日常生活も送れなくなるぞ?」”
たしかベテランの冒険者だったと記憶している。冒険者ランキング、日本ベスト100に名を連ねるような。リスナー間でも冒険者ニキと親しまれていた。
“ラーフ「あのキマイラに遭遇するまでエミルの戦いぶりに何ら問題はなかった。研修を真面目に受けて下調べもしっかりやっている証拠だ」”
鶴の一声のおかげでリスナー間の空気が軟化する。
“冒険者ニキがそういうなら……見守るべきかも”
“か、勘違いしないでよねっ! エミルの事なんて心配しまくってるんだからねっ!”
“ツンデレになってなくて草”
恵美はカメラに向かって親指を突き立てる。
「みんな、いつもありがとー! ウチ、ガンバるし! これからも応援よろしく!」
みんなノリよく返事をくれた。
万事、丸くおさまってくれたようだ。恵美はすっかり気を良くして雑談の話題をふった。
「それにしてもさ! さっきのお兄さん! チョー強かったよね? 有名なひとなんかな? みんな知ってる?」
“たしかに! マジすごかったよな! 動きがまったく見えなかった! いつの間にかキマイラが消し飛んでたイメージ!”
“超高速移動しても漫画みたいに残像は出ないってことを学んだわ”
“どこで活かすんだよ、そんな雑学”
“ありゃヤバい奴だって! 殺人鬼の目をしてた!”
“それな……メッチャ感じ悪かったし。いくら助けたからって、偉そうに説教すんのも違うだろ”
“批判的なコメントやめろ。エミルが悲しむ”
チャット欄を確かめたところ、先ほどの青年について心当たりがありそうなリスナーは見受けられなかった。
“ラーフ「彼の名は【凶獅子】レオポルト」”
頼みの綱、冒険者ニキがコメントしてくれた。
恵美は彼の発言に注視していく。
“ラーフ「冒険者ランキング日本5位の怪物だ。キマイラを歯牙にもかけず瞬殺か……あいかわらず規格外の戦闘力だな」”
恵美は目を丸くする。
「想像以上のビッグネームじゃん! ……アレ? でもさ、それならどうして顔も名前も知られてないん? 1位から4位の人たちはメディアにもバンバン出演してるよね?」
“ラーフ「彼は、その……メディア向きの性格をしていないんだ。よく知らない相手のことを悪く言うのもなんだが、業界内での評判が……」”
奥歯に物がはさまったようなコメントだった。訳アリの人物らしい。
“ラーフ「たしか配信活動もしていたはずだ。『レオポルト 冒険者』で検索すればヒットすると思う」”
“え、マジ!? 俺、ちょっと見てこようかな”
“エミルの恩人だし、チャンネル登録しよう”
恵美はスマホを操作してレオポルトのチャンネルを閲覧した。
チャンネル登録者数は98人。バカにするわけじゃないが、決して多いとは言えない。
自分のリスナーたちがチャンネル登録するとコメントしていたし、これから一気に増えていくだろうが。
恵美は配信の最新アーカイブを視聴する。ちょうど今日のヤツだ。
ダンジョンの光景が映し出される。見覚えのないエリアだった。おそらく、この第1層より、はるか奥――日本人の到達している最深層なのだろう。
壮絶な戦いだと理解できるが……吹雪で見にくく、めまぐるしい攻防を追いきれない。
『なんで? どうして俺のチャンネル登録者数はずっと2ケタのままなんだよ!』
レオポルトが画面の向こうで怒鳴っていた。
恵美はあちゃあと額に手を当てる。
「そりゃダメだって……」
すこし検分しただけで、彼のチャンネルの人気が出ない理由に見当がついた。
『チクショウ! 配信者としてのし上がり! インフルエンサーになる俺の夢があああああ!』
理不尽だと主張するレオポルトの姿がおかしかったので、恵美はケラケラ笑う。
「いや、ツッコミどころ満載だから!」
いいことを思いついた。レオポルトは配信者として成功したいようだ。
それをキッカケにすれば、彼と接触できるかもしれない。自分はまがりなりにも人気のミーチューバーなのだから。バズるためのアドバイスはできる。恩返しもかねて。
「こんなん見せられたら、ほっとけないし!」
腕が鳴る、と恵美は拳を突き上げた。レオポルトの存在に惹きつけられつつある。
彼はなにかに耐えるような、苦しそうな表情をしていた。
あくまで直感でしかないが……レオポルトは自縄自縛におちいって、生きることを窮屈にしている気がした。
そういう人を目の当たりにすると、歯がゆくなって……お節介を焼きたくなる。なにせ人生はいちどきり。楽しまなきゃ、もったいないではないか。
「ニシシ! ノッてきたー! バイブスをアゲてくしかないっしょ!」
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