ユニークスキル『我慢』持ちの底辺配信者、ダンジョン探索中に有名なJKギャルを助けたら急にバズってしまう……あの、無自覚に誘惑するのはやめてください。我慢できなくなるので
大中英夫
第1章
第1話
ダンジョンの第7層は、絶凍の荒野だ。吐いた息がダイヤモンドダストと化す。
俺、
吹雪が視界一面を純白に染め上げる。その先、敵が牙をむいていた。
「ゴアアアアア――っ!」
氷を鎧のようにまとった巨人である。目算で十メートルは超えている。結晶を加工した武器を構えていた。
――ヨトゥン。このエリアに出没する主要なモンスターだ。
その強さたるや、第6層以下のフロアボスやイレギュラーモンスターをしのぐ。
ダンジョンは第7層から難易度が理不尽レベルに跳ね上がる。
むざむざ後れを取るつもりはないけどな。俺は魔術の呪文を唱える。
「攻性術式展開――
足元に魔法陣が展開されていく。円の内部に文字やら図形やらが渦巻いた。
そうはさせじとヨトゥンどもが一斉に襲いかかってきた。
俺は雪崩のような連続攻撃を見切り、最低限の動きで回避していった。その間も集中を乱さず魔法陣の完成を急ぐ。
ヨトゥンどもの包囲網を抜け出した折、魔術の発動準備がととのう。
「顕章せよ、
俺の呼びかけに応じ、中天に極小の太陽が発生した。膨大な熱が吹雪を蒸発させ、周囲の光景を明瞭にする。
「ガ、オアアア!?」
とたん、ヨトゥンどもがうろたえはじめた。氷の鎧が溶け出し、生身をさらけ出す。
仕留めるならば今だ。すかさず、ヨトゥンどもの輪に飛びこんだ。
俺の相棒――片刃の特大剣が斬閃をほとばしらせる。そのたび、あざやかな血華が咲いた。ヨトゥンどもの肉体はミサイルをも弾く硬度だが、問題なく刃筋が通る。
機械のごとく正確に、俺は最適解の立ち回りを演じ……バラバラの屍山を築いた。
最後の一体が苦しまぎれに結晶の巨槍を繰り出してくる。
俺は矛先を決然と見据えた。かわすか、さばくか――
「どっちも面倒だな」
第三の選択肢。切っ先をものともせずヨトゥンに突っこんだ。俺の脇腹に槍が食いこむ。
「ッ!」
歯を食いしばって痛みを『我慢』する。よって俺のユニークスキルが発動した。
「肉を切らせて骨を断つ!」
返す刀、俺は特大剣を振りぬく。
「オーバーキルか……あいかわらず力加減がわからん」
一撃のするどさ・重さが劇的に増し、ヨトゥンの上半身を丸ごと消し飛ばした。
俺は雪原にひとりたたずむ。周囲の気配をさぐってから肩の力をぬいた。高位の回復魔術を発動させ、脇腹の傷を完治させる。
「これで一帯のモンスターは排除できたか……」
ウダウダしてたら、またぞろモンスターに襲われるだろう。
すぐにも行動を再開しなければならない。
しかし、その前に――
「今のは見ごたえのある戦闘だった! リスナーの反応は……」
俺はおそるおそるスマホの画面を確認する。
「って、またかよ!」
俺は情けなくも絶叫した。
地球にダンジョンが出現してから数十年。
ダンジョン内を探索して資源を回収――冒険者という職業が一般化して久しい。俺もそのひとりだ。
業界内で近年、注目されつつあるのはダンジョンでの配信活動だ。
俺も人気動画サイト『ミーチューブ』で配信している。
確認したところ、同時接続数はたったの1名だけだった。チャット欄にコメントはゼロ。見るも無残な底辺ぶりである。
……あ、いや! コメントがひとつ表示されたぞ! 俺は血眼になって文字を追う。
“匿名希望の最強冒険者「アンタにだけは負けないから!」”
「いや、だれだよお前!」
俺は間髪入れずに突っこむも、コメントした相手が去って同接数0になってしまう。
「なんつークセの強いハンドルネーム……自己顕示欲丸出しの捨て台詞!」
俺の言葉に対する反応は当然ない。隙間風というか吹雪が俺の肌を刺した。
「せ、世知辛いな……」
俺は身震いした。
「なんで? どうして俺のチャンネル登録者数はずっと2ケタのままなんだよ!」
こっちは命をかけてリスナーに迫力のある映像をお届けしてるんだぞ!?
「何が足りない!? 自分で言うのもアレだが……俺は日本でも有数の実力者だぞ!」
去年、ダンジョン省の発表した冒険者ランキングによると、俺は日本5位である。
1位から4位は日本最強パーティのメンバーであることを鑑みるに、ソロ冒険者としてはトップだ。
やはり人手が多いと効率が段違いだ。俺が貢献度で負けるのは仕方ない。
とはいえ、実力的に彼らに劣っているとは思わない。
「俺のチャンネルが伸びないのはおかしいだろ!」
俺は髪を振り乱した。そのさまをカメラ――配信ドローンが映し出している。
最上級モデルを購入したというのに、元をとる機会はいっこうに訪れない。
「それもこれも! 俺のユニークスキルのせいだ!」
ダンジョンに足を運んだ人間はスキルという超常の力を獲得する。そのおかげでモンスターと戦えている。
俺が獲得したユニークスキルは『我慢』。苦痛や誘惑に耐えれば耐えるほど強化される。
だから俺はダンジョンに向かう時、事前準備を怠らない。断食を敢行し、睡眠を断つ。
コンディションは最悪だが、身体のキレが冴えわたるのだ。
その代償として戦闘する姿は飢えた修羅さながら。同業者にも恐れられ、距離をとられる始末……いや、俺がソロなのは生来のボッチ気質のせいだけども。
そんなザマでは人気が出るはずもない。
めずらしくコメントが来たと思ったら「怖すぎ……」と言い残して逃げられる気持ちが分かるか?
チャンネル登録してくれた初見さんに「解除します」と告げられる苦痛が理解できるか?
「でも……どうしようもないだろ! ユニークスキルの変更なんて不可能だし!」
有識者の研究によれば、ユニークスキルは本人の人柄を反映しているのだとか。
つまり『我慢』は俺そのものだ。冒険者としてはともかく配信者としては詰んでいた。
「チクショウ! 配信者としてのし上がり! インフルエンサーになる俺の夢がああ!」
★ ★ ★
俺はポータルを使って第1層に転移した。俺はトボトボと迷路を進んでいく。
ダンジョン専用マップアプリを起動する必要もない。何度も往復しているため、地上への道のりは暗記していた。
腹が減った。喉が乾いた。眠い。足が鉛の棒のようだ。我慢スキルを活かすため。10日間も睡眠を禁じ、一週間も飲まず食わず……俺は人間の限界にいどんでいる。
「梅屋のカイザー牛丼をかき込んで、そのまま眠りてえなあああああ」
俺の顔色は亡霊のようだろう。出くわした冒険者がギョッと表情を凍らせていた。
「きょ……【凶獅子】レオポルト!」
【凶獅子】は俺につけられた異名。レオポルトは俺のハンドルネームだ。
「あ、あの人が……想像以上の迫力だ!」
「殺人をもみ消してるってウワサ……ガチかもしれないな」
冒険者たちがささやき合っていた。ジリジリと後退していく。
本日も、俺の悪名はひとり歩きしてエベレスト登頂を成し遂げているもよう。
彼らにハッキリと訂正しておくべきかもしれないが、俺にそんな余裕はない。
黙って立ち去ろうとすると、彼らがそそくさと道を空けた。
そうして何事もなく地上に、
「――ひっ……イヤアアアアア!」
戻るわけにもいかなそうだ。前方から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
俺は愚痴ばかりの思考を切り替える。死に体にムチを打って駆け出した。
曲がり角の先、ひとりの少女とモンスターが対峙していた。
「なんで……こんなヤツが第1層に!?」
少女が腰を抜かしていた。おそらくは初心者。ダンジョン管理局から格安で購入できる初期装備を身につけている。
ウェーブがかった長髪を横分けして肩に流している。端正な顔立ちを派手なメイクで際立たせていた。とくに目力がハンパじゃない。
しかし柔和そうなタレ目ゆえか、不思議と威圧感がなかった。
ファッションには詳しくないが、いわゆるギャルっぽい。武骨な皮鎧をアクセサリーで飾りつけていて場違いだ。遊び半分でダンジョンにもぐったのか?
複数の動物を混ぜ合わせたような獣が、いまにもギャルに覆いかぶさろうとしていた。
獅子の頭部と胴体を持ち、肩から山羊の頭部を生やし、尻尾が蛇になっている。
――キマイラ。イレギュラーモンスターの一種だ。
イレギュラーモンスターは極低確率でポップする。その階層に見合わない強さを発揮する。
何が起こるか予測できない。だからダンジョンは怖いし、冒険者は危険な職業だ。
キマイラの三つ首が強烈な眼光をはなち、機械音じみた異質な咆哮をほとばしらせる。
「GWRYYYYYY――!」
「っ、あうぐ!」
ギャルが窒息したようにあえいだ。救いを求めるように周囲に視線をめぐらせ――
「お兄さん! 逃げて!」
俺と目が合うや、開口一番そう言い放ってきた。唇をかみしめるところを見るに、ホントは助けてほしいのだろう。
キマイラも俺を睥睨する。さらなる獲物の登場に舌なめずりした。
「そこから動くな。余計な真似をされると手順が狂う」
俺はギャルに短く告げた。
俺は柄に手をかけて引き抜いた。そのまま振り上げる。
ギャルがどんな事情を抱えて、この業界に飛びこんだのかは知らない。
しかし冒険者なんて職業を選んだ物好き――同類をむざむざ死なせたくはなかった。
まして窮地に立たされてなお
ギャルがあわてて言い募ってくる。
「巻きこんでゴメン……カッコつけなくていいよ! キマイラは第4層のフロアボスに匹敵するんだって! 上級の冒険者でも苦戦するって聞いてるし!」
「いや、もう手遅れだ――キマイラのほうが、な」
「……え!?」
ギャルの動揺をよそに、俺は岩床を踏み砕いて突貫した。キマイラに反応する暇も与えず間合いに捉え、特大剣をひと息に振り下ろす。
――空爆のような轟音と共に一撃。岩壁ごとキマイラの全身をえぐり飛ばした。
「は……ハアアアアア!?」
なにが起こったのか、目の端にも留められなかったのだろう。ギャルがたまげていた。
「え、ナニ!? アイツはドコいったし!?」
首をキョロキョロさせるギャルへと、俺は安心させてやるべく明言する。
「運が悪かったな……キマイラは始末した」
キマイラなどイレギュラーモンスターは軒並み厄介な相手だ。専門の討伐隊を編成し、迅速に対処しなければならないくらいには。
だから俺は相手に何もさせず、初撃で決着をつけた。ギャルを巻きこまないよう。
戦闘において最も重要なのは相手のペースに乗せられることなく主導権を握ること。俺が冒険者として培った教訓だ。
「た、助かった!? ウチ、助けてもらえたんだ……ありがとね。ホントありがとー!」
九死に一生を得たことを実感できたのだろう。ギャルが泣き笑いの表情になった。よろよろと俺に近づいてくる。
「マヂで終わったかと思ったし! お兄さんはウチの命の恩人!」
感極まってか、ギャルが俺に抱きついてきた。ふるえが肌越しに伝わってくる。
「ちょ、おい!?」
今度は、俺の動揺する番だった。彼女いない歴=年齢の非モテには刺激が強い。
「この借りはかならず返すから! ウチにできることなら何でも言ってよ!」
たがいの息遣いがクリアに聞こえる至近距離。俺は全身が火照っていくのを自覚した。
やめろ、勘違いするだろ! そんな風に潤んだ瞳を向けてくんな!
どうせ吊り橋効果。いっときの感情で俺に好意的なだけだ。
追いつめられた末、俺はかすれた声をしぼりだす。
「新米にはキツい体験だったと思う……けど、俺はメンタルケアなんて専門外だ」
早口でまくし立てていく。意図せず、ぶっきらぼうな口調になってしまった。
「トラウマになったんなら、心療内科への通院をおススメしとくわ。冒険者を続けるかどうか、あらためて考えてみるのもいいかもな」
俺はやんわりとギャルを引き離し、クルリと踵を返す。
「あ、ちょっと待って!」
呼び止める声を無視した……本当は分かってる。なぐさめてやるべきだってことくらい。
しかし、そんなの俺にはムリだ。ボッチ特有の偏屈ぶりに邪魔されてしまう。
俺は急き立てられるようにこの場を後にした。
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