『愛とか恋とか、くだらない。』を読んで 笹葉更紗
『愛とか恋とか、くだらない。』を読んで 笹葉更紗
「笹葉さんはセックスに興味がある?」と竹久は聞いた。
「もちろんあるわ」とウチは答える。
「な、なんの話をしてんのよアンタ達!」と瀬奈が言った。
ふと、周りに視線がどことなくこちらに向けられていることに気づく。
下校時間の生徒でにぎわう駅のホームでウチらは立ち話をしていた。先日竹久から借りた、雲雀湯の新作『愛とか恋とか、くだらない。』を読み終わったところなので、その感想を言い合いたかったのだ。
ヒロインの倉本涼香は高校一年生。主人公河合裕真の親友の妹。同級生たちが買わす恋愛話などには興味もなく、うんざりしている反面、キスやセックスには興味がある。
好奇心からの挑発(現時点においてはそう感じる)により、裕真と涼香は肉体関係を持つ。というところから物語は始まる。
ライトノベルの始まりしてはかなり挑戦的で挑発的な物語だ。
人間を語るうえで、ことさら思春期においてセックスという存在を抜きにして語ることはむつかしいことだと思っている。愛だの恋だのをくだらないと思っているかどうかにかかわらず、愛だの恋だのも所詮はセックスから派生する些細な出来事に過ぎない。
そのファクターから決して逃げることなく正面から向き合った本作は、単なるエンタメ小説の枠を超えようとした意欲作だといえるだろう。
だから、読んだ竹久もウチに薦めてくれたのだろうし、本作について語り合いたいと思ったのだ。
「それでね、竹久。ウチはもちろんセックスには興味があるし、でも、まだその経験はない。だから、できることならなるべく早くに経験したいとは思っているの。だけれども、誰彼かまわず体験したいとは思わないのね。つまりは、この物語のヒロイン涼香もきっと――」
「え、ちょっとサラサ。その話。続けちゃうわけ? しかも今、さらっと大事な何かを口走ってしまったような気がするの」
瀬奈は何か慌てた様子だ。心配した竹久が瀬奈を諭す。
「どうしたんだ瀬奈? そんなに慌てて。つか、瀬奈はセックスに興味はある?」
「あーもう、どいつもこいつもこんなところでセックスセックスっていわないの!」
そんな瀬奈の少し大きめな声に、周囲の視線がこちらに向けられている。
ウチは、ふと気づいた。
「ねえ、竹久。たしかにあまり人が大勢いる前でセックスの話を堂々とするのはよくないことかもしれないわ」
「しれないじゃないの!」
「うん? そうなのか? まいったなあ。笹葉さんと『あいこい』について語り合うのを楽しみにしていたんだけど、さすがにこの物語はセックス抜きで語るのはむつかしいからな」
「ほら、竹久はまた、そうやってセックスって人前で使ってるじゃない?」
「サラサもね!」
「え、そんなにダメなことなのかな?」
「うん。それはきっとそうなのよ。ほら、竹久もウチも、普段から純文学をよく読むでしょう? だから、世間の間隔とは少しだけズレてしまっているのね。純文学なんて、ほとんどセックスの話ばかりするでしょう? それについて語り合うのが当たり前のように」
「そうか、だからセックスについて白昼堂々と語ることに対する禁忌の感覚が薄らいでしまっているのかもしれないな」
「アンタ達さあ。言いながらぜんっぜん『セックス』っていう単語を控えていないのよ!」
「それを言ったら、瀬奈だってさっきから結構言っちゃっている」
「え、あ、だってそれはユウたちが!」
「ごめんごめん、もうこの話はやめるよ。そんなわけで笹葉さん。この話はいずれ二人きりで話そう」
「そうね。でも、ウチもずっと我慢するのはつらいから、できるだけ早いうちにその時間を作りましょうか」
「あ、あのさぁ……」
「なあに?」
「ていうかさ、アタシのいないところでサラサとユウが、二人きりでセックスの話をするとか、ちょっといやなんだけど?」
「え、じゃあどうすれば……」
「あーもういいわよいいわよ。これからどこかひとけの少ない場所に行こ。その話をするなら、せめてアタシもいるところでにして!」
「わ、わかったよ……」
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