『宮澤君のとびっきり愚かな恋』を読んで   笹葉更紗

『宮澤君のとびっきり愚かな恋』を読んで   笹葉更紗



放課後、生徒会の仕事を急いで終わらせて学校を出る。学校から駅までの道のりを少し遠回りして本屋へと向かう。


今日は、心待ちにしていた本の発売日だ。


『宮澤君のとびっきり愚かな恋』は、中西鼎先生の新作ライトノベルだ。

 

 中西鼎先生は、第22回スニーカー大賞にて『特殊性癖学校へようこそ』で特別賞を受賞して作家デビュー。その後新潮文庫nexやガガガ文庫など様々なレーベルで活躍し、漫画原作などもこなす。

 特に近年の作品は読者の心の奥をえぐってくるようなセンセーショナルな作品が多く、一度読むと手が止まらなくなる、近年特に注目の作家だ。


 新刊が出ると聞いてからずっと楽しみしていた。今日は本屋に寄って帰り、読書に耽りたいと思っている。


 近所の書店。平積みにされている新刊の束の中から目を引くアイスブルーの髪のヒロインの藤代ルイン。残りわずか二冊だったところに安堵して手を伸ばす。


 同時に伸びた男性の手が本の上で重なる。


 ありがちなラブコメ展開と言えばそうかもしれない。それが見知らぬイケメンだったとしたら。


「あ、ごめん」

 

 やたらと謝り慣れた口調で手を引き、ウチの顔を見てがっかりとした表情でつぶやく。


「なんだ、笹葉さんか」


「竹久、なんだとは失礼じゃない?」


「あ、いや、そういうつもりでいったんじゃないんだ。知らない人だったらもっと謝らないと許してもらえないかもしれない」


「竹久は自分をどれだけ低く見積もっているの? 別に、それほど嫌がられるほどのものではないと思うけれど」


「はは、そう言ってもらえると助かるよ。本当は笹葉さんの手が触りたくてわざとやったんだけどね」


「え?」


「嘘、嘘だって、ほんとたまたまだから。遠目に見て最後の一冊なのかなと思って慌てて手を伸ばしたものだから……」


「なんだ、嘘だったのね。少しだけ喜んだのだけど」


「え?」


「嘘よ。そんなはずないでしょ」


「いや、ごめん」


 ともかく。最後の二冊は争うこともなくウチと竹久とで完売した。駅までの道を二人並んで歩く。


「まさか、笹葉さんもとびかなの発売を心待ちにしていたとはね」


「そうね。ウチ、実は中西先生のファンだったりするから……」


「そうだったんだ」


「竹久は?」


「うん。まあちょっとSNSで見かけてね。ストーリーも面白そうだたっというのもあるけれど、表紙のイラストの子に一目惚れしちゃってね」


「そう……」


 二次元のイラストに一目ぼれしたと楽しそうに話す竹久。

正直に言えば思いを寄せている相手がイラストとはいえ一目ぼれしたと言って喜ぶ女はいない。だけれど……


「そう言えば、とびかなのヒロインの藤代ルインってさ、笹葉さんに似てるよね」


 そんなことを言われれば嫌な気はしなくなる。何しろイラストに『一目ぼれした』といったのだから。

 だけど……


「そんなに似ているかしら?」


 さっき買ったばかりの本を取り出し、表紙のイラストをよく見る。


「あまり似ているようには思えないけど……」


 もしかするととびかなのヒロインはビッチだという設定だ。もしかして竹久はウチのことをビッチっぽいという共通点で煮ているなんて言ったのだろうか?


 竹久は表紙のイラストをのぞき込む。表紙の藤代ルインと、ウチの顔を交互に見つめる。それは、少しだけ恥ずかしいのだけれど……


「うーん、こうしてみるとあまり似てるとは言えないなあ……

 でも、なんでだろうな。どこか本質的な部分でルインと笹葉さんは似ているように思えるんだよな……」


 あまり、メタ的な発言はしてもらいたくないなと思う。


「あ、もしかして二人とも裸足ローファーだからかも!」


 思いついたように言うけれど、それは似ているかどうかには関係ないと思う。あるとすれば、イラストレーターの性癖……いや、メタ的な発言はよくない。


 駅に到着したが、次の電車までには少し時間があった。駅のホームには上がらず、ウチと竹久は駅舎のL字型のベンチに折れ曲がって座った。竹久は嬉しそうに鞄からとびかなを取り出し、シュリンクをはずす。


「もうここで読むつもり?」


「いや、さすがに帰ってからゆっくり読むつもりなんだけど、ちょっと扉絵のほうが気になってね、そこだけでも見ておこうかなと……」


 嬉しそうに本を開き、ページをめくる。藤代ルインに一目ぼれしていたとは言っていたが、あまりに鼻の下を伸ばしていて少しだらしない。

 L字に曲がって座るこの場所からだと竹久の開く本の中身はよく見えない。


 嬉しそうにまたページをめくる。その時、


「えっ!」


 竹久がつぶやいた。


 気になって視線を向けたウチは竹久と目が合う。

 気まずそうに再び視線を本に戻し、そしてもう一度ウチのほうを見る。


 いったいどんな扉絵があったというのだろう。気になったウチは竹久に近づき、本をのぞき込もうとする。


「これは……家に帰ってゆっくりと読もう」


 慌てたように竹久は本を閉じた。不審がるウチの視線を避けるように竹久は視線を下げて目を合わせない。一見すると、ウチの体を上から下へと嘗め回すように見ているようにも感じた。



 家に帰り、部屋着に着替えてから。本を開く。扉絵をめくり、「えっ!」とつぶやいた。


 物語のあらすじからビッチや、セフレなどの単語が出てくるのでそれなりには構えていたつもりだったけれど、この扉はあまりにも……


 駅で竹久が慌てていたのを思い出す。確かにこれは慌てるかもしれないなと……そういえば竹久、このイラストを見ながらウチの体のことを嘗め回すように見ていなかっただろうか。そして、ウチが藤代ルインに似ているとも……そうだとするとあれは……


 余計な邪念を振り払い、読書を始めた。


 これは……あまりにもセンセーショナルな小説だ。心の仲が破壊され、ぐちゃぐちゃにかき回される。かつてラブコメでこれほどまでに心を乱された作品があっただろうか。


 そして、やはり思うのは、思春期のおとこのこと言うのはやはりそうなのだなと……


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