『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』を読んで 結び 若宮雅
『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』
畑野ライ麦著 を読んで 結び 若宮雅
十一月二十四日。岡山の某所にてかるたの大会が開催される。本大会は基本、一般の大会ではあるが、特別に学生部門が設けられている。
わたしが所属している白明高校の競技かるた部もこの学生部門の団体戦に参加することになっている。
くじ引きの結果で、一回戦目の対戦相手は……芸文館高校競技かるた部。
芸文館にかるた部なんてあったでしょうか? 少なくともわたしの知っている限り大会であったことはありません。
わたしたち白明高校の競技かるた部は県内では優勝候補の一つで、先輩たちは「一回戦謀ったも同然」とはしゃいでいますが、果たしてどうでしょうか? 相手がわからないのであれば油断は禁物です。
そういえば芸文館高校と言えばわたしも知っている人がいます。
「よりによって一回戦目から白明かよ。勝てる相手じゃないだろ」
そんな声が聞こえてきた。
「そんなこと言って、くじを引いたのは竹久じゃない。でもなんだかんだで、やっぱり勝ちたいのね」
「そりゃあやるからには勝ちたいさ」
会話の中に知っている名前が聞こえて振り返る。
――とても、奇麗な人……
そして、そのきれいな人と仲睦まじげに話をしているのは……
「竹久……くん?」
「え……若宮……さん?」
「そう……竹久君、かるた、続けていたのね……」
竹久優真君は同じ中学出身の友達だ。そして、競技かるたにおいてもわたし
の因縁の相手でもある。
小学生のころ、わたしは校内のかるたチャンピオンだった。それもそのはずで、わたし以外にかるたをやっている人なんてほとんどいなければ、ルールすら知らない人がほとんどだった。
名ばかりのチャンピオン。それは中学に進学してもほとんど変わらなかった。
中学では参加希望者だけのかるた大会が行われていたのだけど、それでもほとんどの人がルールすら知らない人ばかり。はたしていちまいの手札すら取られない完全試合のまま決勝まで進むことになった。
あまりの圧倒的な試合結果に周りが不満を漏らしている声も聞こえた。
元々が人見知りで周りともうまくなじめない自分を『キモい』とささやく声も聞こえてきた。
わたしが悪いわけじゃない。わたしはかるたが好きでかるたをやっていただけだ。だからわざと負けたりするのも嫌だった。だけどやればやるほどに自分は否定されていく。
決勝戦。対戦相手は竹久君だった。クラスも違うし話したこともない人だったからどんな人なのかよくわからない。
読手は、録音の再生で行われる。審判を務める教師が再生を押し、一句目が流れる。
――ゆう
二字決まり。その瞬間にわたしは手を伸ばしたが、その時捨てに札は竹久君のもとにあった。
夕されば 門田の稲穂 訪れて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く
大納言経信のこの句、上の句が
ゆうされば かどたのいなほ おとれて
その紙の句に続く下の句は
あしのまろ
やに あきか
せぞふく
となる。
ここまで一枚も取られていなかったわたしから初めて奪ったその一枚を持って竹久君は言った。
「僕の名前はユウマって言うんだけどね、だから上の句のユウは僕の句でもあるんだ」
そう言いながら下の句の札を見せる。
「この札、横向きに読むと『あやせ』になるだろ? 僕の妹の名前はあやせなんだ。だから僕の札でもあるんだ。君はかるたが強いみたいだけど、この札は絶対に取らせないよ」
聞いてもいないことをのうのうと語りながら竹久君は札を自陣に置いた。
「――おもしろい」
聞こえないくらいの声でつぶやいた。
今までかるたを本気でできる相手なんていなかったけれど、ようやくその相手に出会えたのだ。
『ユウマ』という名前は一瞬で覚えた。そして、彼の妹の名前が『あやせ』であることを覚えるのも一瞬だった。
『あやせ』という名前は、わたしがかるたを好きになるきっかけとなった漫画の主人公の名前でもある。
その一戦は今までで一番楽しい一戦だった。わたしはどうにか勝つことができたけれど、これだけたくさん札を取られたのは初めてだった。
だけど竹久君は、それ以降かるたの大会に出ることはなかった。ようやく巡り合えたライバルだと思っていたのに、竹久君はかるたをやめてしまったのかもしれない。
中学三年生になり、竹久君苦は同じクラスになった。それなりに仲良くもなったけれど、かるたを続けている様子はなかった。わたしは一人でひっそりと続ける毎日だった。
「そう……竹久君、かるた、続けていたのね……」
「いや、続けていたというか、引っ張り出されただけなんだけどね。っていうか若宮さんもかるたやってたんだね」
「え?」
「どうかした?」
「覚えていないの? 中一の時、かるた大会の決勝戦で戦ったこと……」
「え? 憶えてるよ。あの時の相手って、若宮さんだったの? い、いやあ、あの時はまだ、ほとんど話なんてしたこともなかったしさ、僕は昔から人の顔を覆えるのが苦手で……」
「ほんっと、竹久って昔からそうだったのね。失礼だとは思わないの?」
竹久君の隣のきれいな人がそう言った。
「いや、面目ない……」
そのきれいな女性は竹久君とはずいぶん仲がいいみたいだ。ほんの少しだけ嫉妬する。そういえば、この人どこかで会ったことがある気が……
一回戦目の試合。わたしたち白明の対戦相手は芸文館。わたしたちは互いに一年生なので竹久君との対戦の可能性も考えた。
だけどわたしは次鋒で、竹久君は先鋒。
わたしの対戦相手は竹久君と仲良くしていた奇麗な女性。笹葉さんという方だった。
向かい合い。正面で相対しながら思い出す。
「そう言えば、笹葉さん。わたし、あなたと会ったことがあるわ」
「え?」
「去年の、中三の夏休み、私立の図書館に通っていなかったかしら?」
「え、あ、はい……家が、近くだったので……」
「笹葉さん、そうなの? その頃ってたしか、俺もよく通っていたんだよね。あの図書館」
「え、あ、その……もしかしたら、会っていたかもしれないわね……」
竹久君の言葉に笹葉さんは少し戸惑う。わたしは憶えている。二人は確かに会っていた。
当時の笹葉さんは眼鏡をかけていて、自分と同じだったからよく覚えているのだ。わたしと竹久君はよくそこで落ち合って受験勉強をしていたのだけど、彼女、笹葉さんはいつも竹久のすぐ近くにいた。
「そう言えば若宮さん。白明の同級生に、笹木さんという人がいないかな?」
「そうね、わたしの学校も人が多いので、はっきりとはわからないのだけど……」
「いや、あの頃夏休みに図書館で何度か会った女の子でね、確か笹木さんという人なんだけど、白明を受験するって言っていたんだよ。その後どうなったのか少し気になっていてね」
あけすけもなくそんなことを言う竹久君。その横にいる笹葉さんという人が、少し頬を赤らめていた。
もしかしてそれって……
余計なことは言わないべきだろうと思った。
無駄話の時間は終わりだ。そろそろ試合が始まる。
笹葉さんと向かいあい、真剣勝負が始まる。
読手が初めの一句を読む。
――ありま
三文字決まりだ。わたしは颯爽と手を伸ばす。
しかし、すでに時遅く、笹葉さんは『有馬山、いなの笹原風吹けば』の下の句『いでそよ人を忘れやはする(その人をどうして忘れることができるでしょうか)』の札を手に取っていた。
「この句はウチの句なの。誰にも、渡さないから……」
どこかで聞いたことのあるセリフです。
「ふふふ、面白いわ」
わたしは、誰にも聞こえないくらいの声でそうつぶやいた。
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