『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』を読んで 下の句  竹久優真

『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』

             畑野ライ麦著を読んで   下の句

                            竹久優真



『放課後に相談したいことがある

         生徒会室にて 待ってます』


 笹葉さんからのLINEの文面に何かぎこちなさを感じる。


――何故に、五、七、五、七、七になっているのか……


「なあ、優真。今日放課後に町に遊びに行かないか?」


 大我が誘ってきた。


「いや、悪い。今日は笹葉さんに呼び出されたんだ」

 

 大我にLINEの文面を見せる。


「なんで七五調なんだ?」


「たぶん、読んだ本の影響じゃないかな。笹葉さんは時々そういうことがあるから」


「なるほど、ならしょうがないな。町へは一人で行くよ。Go City Go City Cityだ」


「大我、そういうところだぞ」



 生徒会室。会長の笹葉さんがいた。彼女は僕を見るなりいきなり言った。


「瀬を早み 岩にせかるる滝川の――」

 そこまで言って無言で見つめてくる。

 

ふう。と一息つく。


「――われても末に 逢はむとぞ思ふ」


 続けて笹葉さんは言った。


「ちはやぶる――」


「――かみよも聞かず竜田川。からくれないにみずくくるとは」


「やっぱり……大丈夫そうね。じゃあ、これ。お願いできるかしら」


 そこに置かれていた申込用紙。どうやら競技かるた大会の申込用紙だ。ほとんど廃部扱いになっているはずのわが校競技かるた部員三名の名前と笹葉更紗の名前が書き込まれている。最後のひと枠が空欄だ。


「まさか、おれに参加しろと?」


「参加しろとは言っていないわ。お願いできるかしらと言っているのだけれど」


「おれにできるわけないよ。かるたなんてやったことないし」


「でも、短歌は知っていたでしょ」


「そんなのたまたまだよ。せをはやみは落語の『崇徳院』で覚えたし、ちはやぶるは湖南の映画で覚えた。かるたなんて知るわけないよ。

 だいたい在原業平だとか、一字決まりだとかそんな超有名どころだけでできると判断されても困る。俺にそんなのできるわけないんだ」


「かるたは知らないけど、一字決まりは知っているのね」


「たまたまだよ」


「じゃあ、君がため を――」


「惜しからざりし命さへ、永くもがなと 思ひけるかな」


「大山札まで行けるのならば十分よ。これはね、勝つためにやるわけじゃないの。参加することが目的だから頭数をそろえるためなのよ」


「いや……そうは言ってもさ。せっかくやるなら勝ちたいじゃないか。じつはさ、おれは小学生の時学校のかるたチャンピオンだったんだよ」


「すごいじゃない」


「すごくなんかないよ。百人一首とはいえ、実際に上の句と下の句を全部繋げられるような生徒は校内でごく少数しかいなかった。だからおれは少しだけ頑張って、対した苦労もせずにその栄冠を勝ち取ったんだよ。

 中学に上がり、そこでも同じようにかるたの大会があったんだ。調子に乗っていたおれは楽々と決勝まで勝ち上がり、そこで対戦した女の子に手も足も出せないままに負けた。

 よくは憶えていないんだけど、聞いた話ではその子はそれなりに本気でかるたをやっていた子だったらしいんだ。その子に比べればおれのような半端者は見ていてうっとうしかっただろうと思う。それで身の程をわきまえたおれはかるたをしなくなったんだ。

いや、少しかっこつけたかな。やっぱり本当はあれほどまでにぼろ負けしたことが悔しかったんだろう。かといってその子に勝てるほどに努力をしようとまでは思わなかった。それだけのことなんだ」


「いいじゃない負けたって。本当はもっとやりたかったんじゃないの? 勝つとか負けるとかは関係なく、本当はかるたが好きだった」


「そうかもしれないな。もっとやりたかったのかもしれないけれど、負けないほどに努力するのも嫌で、そのいいわけのためにかるたをやめたのかもしれない。世の中はどうしたって努力から逃げることを良しとはしてくれない」


「そうかしら? それはただ、竹久が努力することが悪いことだと決めつけているからそう思っているのではなくて? 世の中の多くの人はそれほど努力なんてものにはとらわれずに好きだから好きなようにやっているだけの人は多いと思うわ」


「……」


「もっと、力を抜いてやってもいいんじゃないかしら、負けるとわかっていても、戦わずに逃げるのはつまらないわ」


「はは、なんかかっこいいな」


「まあね、いわゆる負けヒロインの哲学よ」


「笹葉さん……負けヒロインなのか?」


「まだ負けたと決まったわけじゃないわ」


「笹葉さんがヒロインとして負ける状態って、ちょっと想像できないな」


「ありがとう、勇気が持てるわ。じゃあ、参加ということでいいかしら」


「うまく利用されているだけのように思うんだけどな……試合は11月24日か。クリスマスの一か月前だな」 


「そうね。理由が必要ならこういうのはどうかしら? 竹久はウチの誕生日にプレゼントを贈るのを一か月遅れてしまった。だからクリスマスプレゼントは一か月前に贈るというのは」


「クリスマス一か月前に勝利をプレゼントしろと?」


「そこまでは言っていないわ。ウチと一緒に、試合に参加してほしいのよ。思い出作りね。中学のころにね、ある人のおかげで文学に興味を持ち始め、その流れで短歌にも興味を持ったのよ。百人一首にも興味があったのだけれど、一緒にしてくれる人もいなくて、実は家でひっそりと一人で練習をしていたりするのよ。だから、一度そういう試合みたいなものをやってみたくて……それはね、きっとウチにとっての救いになるから……だから、竹久はサンタクロースの代わりにウチに思い出をプレゼントしてくれればいいのよ」


 笹葉さんはそう言って、スマホに何かを打ち込み始めた。


 直後に僕のLINEにメッセージが届く。



      

 思ひ出に スクイを求める ねがいごと

ひと月はやい サンタの願い




「やっぱりか……。どうりで最近笹葉さんが短歌に凝っているように感じたのだけど、やはり『恋もじ』が原因だったみたいだな」


「わかったかしら?」


「そりゃあわかるさ。俺もあの話は大好きだったしな。でもまさか、みそひともじの中に主人公とヒロインの名前をぶっ込んでくるとは思わなかったよ」




                        調子に乗った もっと続けます

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