『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』畑野ライ麦著を読んで 上の句  笹葉更紗

『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』

畑野ライ麦著を読んで  上の句

                                  笹葉更紗




 秋風に はかどる読書に夏忘れ

   恋物語に  火照る身あらねど



『恋する少女にささやく愛は、みそひともじさえあればいい』は第16回GA文庫大賞の金賞に輝いたライトノベルだ。


 怪我をきっかけに野球部を離れ、新たな趣味を求めて短歌の世界に触れる主人公サンタと、短歌の心得のあるスクイのボーイミーツガールだ。

 かつてあったが失くしてしまったその存在に未練を抱える二人、互いに出会い、それを補完しあいながら、互いに失ったものを取り戻すその物語は涙なくして語れない。


 正直に言うならば、物語の前半、短歌の天才という設定のスクイは詩を詠むことができない状態で、素人同然のサンタが詠うぎこちのない短歌がほほえましいと思う一方、スクイの詩が描かれないことに不満があった。

 でも言ってしまえばそれは仕方がないのだ。天才と言われる少女が作ったという短歌を作中に描くとするならば、作者である畑野ライ麦氏がその天才的な短歌を詠う必要がある。

 それはあまりにも主にな作業であり……と思っていたら、最後にスクイの短歌が炸裂。

 すさまじい表現力。

 そのみそひともじに心を貫かれ、あふれ出る涙が抑えきれなくなってしまった。


 十一月、秋風がそよぎ涼しさを感じ始め、ようやく訪れた〝読書の秋〟と思って手に取ったこの物語に、ウチの胸は恋に燃え、熱くなってしまい、夏を思い出すような事態になった。


 文学にこそ興味はあれど、短歌の心得のないウチでさえもつい一句詠んでみたくもなる。


 それはさておき、ウチとしてもやらなければならない仕事遠いものがあるのだ。

 この秋の生徒会長となり、その仕事の一環としてやらなければならない仕事に部室の芹というものがある。

 新たに申請される部活動もあれば、部員不足により廃部となり、部室を明け渡してもらわなければならない教室だってある。


 旧校舎。昨年まではほとんど使われてもいなかったこの部室棟も、その整理のために消えゆく部室もあった。


『競技かるた部』

 

 漫画研究部の隣の教室のその部室もその対象の一つとなっている。

 今までだってほとんど活動をしておらず、その理由は旧校舎の幽霊騒動が原因だとされていたけれど、よくよく話を聞いてみれば、そう単純な話でもないようだ。


 四月に新入生の入学こそあったが新入部員はゼロ。部員は二年生がひとりと三年生が二人。この秋で三年生は部活を引退となるため、実質部員は一人だけ、競技かるた部は

〝廃部〟という扱いになる。

 さみしい事実ではあるけれど、生徒会長になったウチにはそれを実行する責務がある。

 部室を明け渡してもらうための書類を携え、二年生の伊勢さんの元を訪れる。


「まあ、しょうがないよねえ。それがこの学校のルールなんだから。でも、一つだけ心残りがあるとするならば、一度でいいから公式の大会に出たかったなあ」


 それが伊勢さんの思い残すことらしい。


「ねえ、笹葉さん。いえ、笹葉生徒会長。最後の思い出に、この冬の公式戦に出ることってできないかなあ」


 ――そんなこと、ウチに頼まれても……


 競技かるたの公式戦となる地方試合に、十二月に行われるものがあるようだ。

 公式の団体戦に出場するには五人の0部員が必要で、引退の決定している三年生を含めても三人の部に出場資格はない。


「ねえ、笹葉さんは競技かるたとかできないのかな?」


 その質問に正直に答えるならば、YESと言えなくもないのだ。


 中学三年生の時にふとしたきっかけから文学に興味を持ち、その派生した一環として百人一首くらいはすべて暗記した。


 でも、たったそれだけのことでも一般的な中学生としては珍しい事らしい。

 特に競技としての経験があるわけでもないが、それでも出身中学校でのかるた大会では優勝してしまった。


 もちろん、高校に入っての競技かるたの大会で立ち向かえるレベルではないことは承知している。しかし、あくまでわが校の競技かるた部の目的は〝出場してみたかった〟というレベルのものである。

 その点で言えばウチくらいのレベルでも役に立てないわけでもない。

 だがその場合、重要なのはそれでも部員が一人足りないということなのだ。

 どこかに誰か、もう一人くらい競技かるたができないまでも、最低限のルールを把握していて、頭数に加えられそうな人はいないものかと思う。


 該当しそうな人物は二人。


 葵栞先輩。おそらく何をやらしてもひょうひょうとこなしてしまうであろう人物で、かるたのルールを知っているかどうかもわからないけれど、それさえも大した問題として捕らえそうにもない人物。

 

 正直に言えばウチ箱の葵栞先輩が苦手である。何かを頼んで協力してくれたとしても、その対価として数倍の見返りを求められるのが目に見えている。

 いや、求められるのならまだいい。


 こちらの気が付かぬ間に対価は勝手に徴収されてしまう怖さだ。


 彼女との取引は悪魔との契約と言っていい。


 ならば答はもう決まっている。


 答えてくれるかどうかはわからないけれど、頼んでみるつもりだ。


 対価がほしいのならあげても構わない。そう思える人に





          

小倉百人一首でウチの好きな歌



 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を忘れやはする



 有馬山の笹の葉が風になびき、そうよそうよ言っている。 どうしてその人を忘れることができるでしょうか

              

笹原という部分に自分の名前を見つけた。そしてさらに有馬山。ここにはウチの想いを寄せる人の名前が示されている。この想い、どうして忘れることができるでしょうか

             

                          このエピソードは続きます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る