『メリイクリスマス』太宰治著を読んで 竹久優真
『メリイクリスマス』太宰治著を読んで 竹久優真
「今日は土用の丑の日だな。水曜日だけど」
大我がおもむろにそんなことを言った。当然水曜日かどうかなんて関係ないのだけど、僕はそんなことにいちいちツッコミを入れてやるほどやさしくなんかはない。
「優真はウナギが好きか?」
「なんでも、平賀源内が土用の丑の日にウナギを食べるといいと言い出したのは、友人のうなぎ屋があまりにも商売がうまくいかないもので、知識人として名高い平賀源内がそれならばと一肌脱いで、インチキなうわさをばらまいたのが原因らしい。まったく、持つべきものは友達だな」
「それで、ウナギは好きなのか?」
「好きかと聞かれれば、そりゃあ嫌いなわけがないというところだけど、土用の丑の日だからと言ってウナギを食べようなんてのは、なんだか平賀源内に負けてしまったような気がしてな」
「つまり、好きなんだな」
「さっきから、なにが言いたいんだ?」
「だから、今からウナギを食いに行かないかと」
「それは、素晴らしい提案だと思うけれど、懐事情があまりよくないんだ。最近本の値段も上がった。文庫でも1000円を超えてくるやつもそう珍しくなくなってきたんだ」
「バイト代が入ったんだ。おごってやるよ」
「マジか? マジで言ってんのか? いや、平賀源内じゃないけど、持つべきものは友達だよな」
「そんなにおだてるな。連れて行きにくくなるだろ」
「おだてるとおごりにくいのか? それじゃあもうやめておこう」
「そうしてくれ……」
まさに僥倖だ。棚から牡丹餅だ。
実は昨日読んだ太宰治の『メリイクリスマス』という小説の中にも、ウナギの話が出てきた。まさかクリスマスにウナギとは思ってもみなかったが、太宰はウナギが大好きだったみたいで井伏鱒二に度々おごってもらっている。
福沢諭吉もうなぎと茶碗蒸しはこの世で至高の食べ物だと言っているし、夏目漱石もうなぎが好きだと言っているのだ。
要するに、なにが言いたいのかと言えば、実は昨日からずっとうなぎが食べたくてしょうがなかったのだ。だが、学生の身分である僕にそんな余裕があるわけでもなく、その想いを断ち切るために平賀源内を悪く言ったに過ぎないのだ。
まさに、持つべきものは友達である
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「ところで大我、ウナギを食べに来たのでは?」
「ああ、そのつもりだが」
「ここは、おれのベストフレンドでもある吉野さんの家ではないのか?」
「だからそんなにおだてるなと言ったんだ。ここにもうな重はある。1200円だけどな」
「いや、おごってもらううえで文句なんて言わないさ。それのおれたち学生にとっては1200円でもかなり高価な食事だ」
「よし、じゃあ行こうか」
「ごちになりまあす」
店内は満席だった。
「優真、少しくらい待つのは平気か」
「もちろんだ。おごってもらえるというならいくらでも待つさ」
「それにしてもすごいな」
「まあ、土用の丑の日だからね。高い店に行くのは無理でも、ここくらいならと思ってくる人も多いんだろう」
「うん。店内はもう、ぎゅうぎゅうだな」
「ん」
「モー ぎゅうぎゅうだな」
「ああ」
「丑の日だけにな、モー、牛々だ」
「そうだな」
「牛丼屋だけに、モー、ぎゅうぎゅうだな」
「なあ、大我。まさかとは思うけれど、それを言いたくて俺におごってやるとか言い出したのか?」
「そう、だが……」
「悪くない。もちろん悪くないぞ。そんなことでウナギを食わしてくれるというならいくらでも聞いてやる。だけど、これは定型文なんでな、言わせてもらうよ」
「――大我、そういうところだぞ!」
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