『マノン・レスコー』プレヴォ著を読んで  笹葉更紗

『マノン・レスコー』プレヴォ―著 を読んで


マノン・レスコーはフランスの文学作品。特にオペラが有名で、小説集『ある貴族の回想と冒険』の7巻に当たる作品だ。

美しく奔放な美女マノンに恋した貴族の子息デ・グリューが破滅的な恋に落ちていく物語。このマノン・レスコーという美女はファム・ファタルの代表としても名高いヒロインだ。

ファム・ファタルとは運命の人、という意味。そして同時に男を破滅させる魔性の女という意味も併せ持つ。




注文したフレンチフライ到着し、瀬奈は飛びつくように手を伸ばした。

「おいもが嫌いな乙女はいないからね」

「それは偏見だと思うけれど」

「え、もしかしてサラサ、フレンチフライきらいなの?」

「嫌いじゃないわよ。むしろ、好き」

「ほら、やっぱりみんな好きなんじゃない」

「データは二件しか取れてないけど」

「集めた二件のデータによると、ポテト好きは100パーセントね」

「都合いいわね……っていうか瀬奈。食べ過ぎよ。ウチの分がなくなるじゃない」

「そんなの早い者勝ちよ!」


 まったく。瀬奈は相変わらず食いしん坊だ。


「ところで、どうしてフライドポテトのことをフレンチフライっていうのかしら? フランスでは、そんなに人気の食べ物なのかしら?」


「フランスというか、世界中のありとあらゆる国で人気よね。でも、フレンチフライという言い方は、基本アメリカやカナダでの呼び方で、その発祥も実はフランスではなくてベルギーなのよね」

「え、そうなの?」

 瀬奈は調理科の生徒で成績はトップ。ヨーロッパへの留学を考えているほどで、そのため食べ物に関してはやたらと知識が深い。

「うん。フレンチフラという呼び方はベルギーに進駐していたアメリカ軍によって始まった言い方で、ベルギーが公用語としてフランス語を使っていることから、フランス語圏のフライという意味ね。

 元々ベルギーでは小魚のフライが国民的な料理なんだけど、冷害で魚が獲れなくなり、仕方なしに保存食であったジャガイモを小魚の形に揚げたものを食べたのがきっかけなの」

「瀬奈、そういうことには詳しいのね」

「えっへん!」

 彼女は薄い胸板を前面に押し出す。気を良くしたのか、彼女はさらにポテトの話を広げた。

「ねえ、サラサ知ってる? フランスでのジャガイモ料理の文化は、ルイ16世の時代にパルマンティエという人物が広めたことに由来するの。当時のフランス国民は貧困にあえいでいて、冷害の時でも食料を確保できる貴重な存在だったの」

「ルイ16世と言えばマリーアントワネットの時代ね。1750年ごろなら、日本でもちょうど同じような理由で青木昆陽がサツマイモの栽培を始めたころか……」

「そう、だけどね。ジャガイモの形は不細工で色もない。そんな地味な印象からあまりフランス国内でも受け入れられにくかったの。それに、ジャガイモを食べると伝染病にかかるとか迷信までもが広がる始末。

 そこで、一つの作戦を考えたの。それは、あえてジャガイモの栽培を国民に許可せず、国営の畑だけで作らせることにしたのよ。ジャガイモの畑は、日中兵隊が厳しく見張る敷地で栽培され、貴族たちお抱えの食材ということにしたのよ」

「ああ、そういえばマリーアントワネットも確かジャガイモの花をアクセサリーにしていたのだっけ?」

「そうそう。だから市民としては、そのジャガイモがどうしても食べたくなる。

 そして国営の畑は夜になると、わざと警備を手薄にしたのよ。そうすると夜な夜な市民は畑に忍び込み、ジャガイモを盗み、食べるようになり、苗は瞬く間にあちこちで栽培されるようになった」


「フランス人って、やっぱりあまのじゃくな性格よね。ツンデレと言ったほうがいいのかしら」


 ――マノン・レスコーでも椿姫でも、フランスの男はダメだと言われた相手をどうしても好きにならずにはいられないようだ。たとえそれが、破滅をもたらすような女であっても。

 いや、フランス人だからなんてそういうわけでもないだろう。きっと男は、そういう悪女のような存在に惹かれてしまうものなのかもしれない。

 ウチも出来るならば、都合のいいやさしい女なんかよりも、相手を破滅させるほどに溺愛させる魔性の女に、なれるものならなってみたいと思う……



「あれ、フレンチフライがもうほとんどなくなってる! いつの間に!」


「瀬奈が一生懸命ポテト料理の説明をしてくれている間に、ウチがほとんど食べてしまったわ。ウチ、ポテトが好きな魔性の女なのよ」


「そんなあ、アタシだってすきなのにい~」

「ふふふ、そんなのは早い者勝ちよ」


「いいわ、もう一つ頼むから!」

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