『限りなく透明に近いブルー』村上龍著 を読んで 竹久優真

『限りなく透明に近いブルー』村上龍著 を読んで      竹久優真



月曜日の気持ちは少しブルー。


なぜ憂鬱という言葉が「青」という言葉で表現されるのかについて言えば、それはかつて強制労働を強いられている者たちが青い空を見上げ、待ち構える労働に対し憂鬱な気分になったからだそうだ。また、音楽のブルースも彼ら労働階級の者たちによって悲しみを表現した音楽なのだという。


そういう意味で言うならば、月曜日には、始まったばかりの一週間を憂う気持ちをブルーと呼ぶにふさわしい。


だが、空を見上げると、そこには限りなく透明で青い空が続いている。この青い空を見て、憂鬱な気持ちになるというのは現代社会にとっては少しばかり違うのではないだろうか。


無論。僕は読書が趣味で、雨降りの日に室内に閉じこもって本を読むという正当な言い訳ができないという点において憂鬱だと言えなくもないわけだが。


「青」について少し考えてみる。


 本来、限りなく透明に近いはずの水や空が青く見えるのは、赤い光は波長が長いことに対し、青い光は波長が短いために空気の中で繰り返し反射するために視界に色として残るのだそうだ。


『限りなく透明に近いブルー』という村上龍の小説がある。若者がセックスやドラッグにおぼれながら退廃的に生きる青春小説だ。

 氏は作中において、ガラスの破片に対しこの言葉を使っている。

 当然、無色透明のガラスにおいてもこの波長の理屈は適用されるされ、青く見えるのだろう。氏がそのことを考慮していたかどうかは知らないが、そんなことはどうでもいいことだ。

 本作は実に色について精緻な表現を使って描かれている。

 主人公は退廃的な生活を徹底して客観的に描き、是非を問わない形で描かれる。

 そこには憂鬱なブルーや、青春のブルーも含まれているのかもしれない。


「青春」「アオハル」この言葉が「青」で表現されるのは、中国の五行思想の中で「木」を表現するにあたり、青い若葉、春という言葉の意味が、まだ若く未熟であることに由来する。


 似ているようで実は違うのが、若輩者に対して使う「まだ青い」という表現だ。

 これは、日本人を含むモンゴル系の民族が幼少期に尻の側面に蒼い斑紋、蒙古斑があることに由来し、これの次第ではない。


 そんな、人生において全く価値のない、くだらないことを考えながら放課後の僕は校内を縦横に抜ける長い階段を一人登っていく。


 ふと、後方上空でごーっという飛行機が飛ぶような音が聞こえた。


 振り返り空を見上げると、それは飛行機ではなかった。二匹の羽虫が求愛行動をとりながら飛び交っているだけだ。


「アオハルかよ」


 羽虫にぶつける厭味は自分の矮小さを証明する以外なにものでもない。


 そしてその羽虫たちの求愛行動のさらに向こう。限りない青空の中に天使を見つけた。


 校舎の屋上の手すりにもたれかかる消しゴムのような天使と視線がぶつかった。距離は遠く、言葉は届きそうにない。


 ポケットからスマホを取り出し、LINEを使ってメッセージを届ける。


『そんなところで何やってるの?』


『風の歌を聴いている』


『おっ、村上春樹かいいよね。あの、なんにも意味がなさそうなストーリーの連続がいい』


 僕の送ったメッセージを、遠く離れた屋上で確認する彼女は少し表情をほころばせる。それがはっきりと確認できる。


 僕は、これでなかなか視力がいいのだ。本好きの全員が視力が悪いというわけではない。


 その美しい姿を、写真に残したいと思った。


 手に持っているスマホで彼女をズームする。その瞬間を、シャッターに切り取る。


 一迅の風が吹き、消しゴムの天使のきれいな髪の毛が青い空にそよぐ。



 どうしたものか、心臓の鼓動が止まらない。

 

 きっと彼女は視力が弱いから、挙動不審に陥ってしまった僕の表情までは読み取れないだろう。だけど、残る罪悪感から、これ以上ここにとどまることはできそうになかった。

 彼女にひとこと注意喚起するメッセージを送り、その場を立ち去る。


 これほどまでに動揺してしまうなんて、僕もまだまだ青い。


 見上げる空は限りなく透明でブルー。



 そして僕は永遠に忘れることはないだろう。



 偶然に目撃してしまった、風にそよぐスカートの裾から覗く白い彼女の脚と、その向こうに見えた、限りなく神聖に近いブルー。

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