第12話 山椿光子とトランクの中身
D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
もうこの世界のどこにもないこの絵をアーカイブで初めて見たとき、絵の中に僕が混じっても違和感ないなって思った。
どこか僕に似た姿かたちの人たちが、思い思いに絵の中にいる。
「ねぇ、じいちゃん。この人たち今どこにいるの?」
そんな風にじいちゃんに聞いた僕は、幼いながらも僕とじいちゃんの見た目の余りの差異に気付いていたんだと思う。僕とじいちゃんは似ていない。色も形も何もかも。この手足のがっしりと太い、黒い髪の、浅黒い肌の人たちはきっと僕を仲間に入れてくれるだろう。
「これはもう、世界のどこにもない絵なんだよ。ここに描かれた人々も遠い過去の人間なんだ。」
じいちゃんの返事は僕の欲しいものとはてんで違うものだった。
僕の群れを見つけたと思ったのに。
『村』を出て『街』に入り、そして皆に会った。
すらりと儚げな体躯とさらさら落ちる金の髪。
どうみてもそう。ここは『じいちゃん』と僕が呼んでいた男の所属する群れだ。
皆じいちゃんにそっくり。
たぶん全員孫なんじゃないかな?
僕以外みーんな。
夕方、僕は大きなトランクをえっちらおっちら、日の当たるバルコニーに運んだ。ばたーん!と横倒しにして(もう限界!くらい重かったから)黒いつやつやのトランクのふたを開ける。
雨の日みたいに広がる、濡れた土の匂い。
ぱわん‥って感じに広がる好ましい匂い。
トランクいっぱいに入っているのはしっかりと湿ったふかふかの土だ。
ポケットにはじいちゃんに持たされたいくつかの種。
ここにこっそりと小さな畑を作っちゃおう。
夏の始まりの日差しはまだまだ高く遠くまでのびている。
やけに静かに感じるのは、虫の声が聞こえないからかな。
土に指をそっと差し込む。柔らかい土に指は簡単に沈んでいく。
僕は、じいちゃんの本当の子じゃなかった。
そんなのは薄々分かっていたけれど、ここには本当の、じいちゃんの子供たちがいっぱいいて‥美しく、無駄のない、能力に優れた‥じゃあ、じゃあ僕は?
推し量るようにひんやりと僕を見るじいちゃんと、目を細めて僕をほんわりと見つめるじいちゃん。
二種類の眼差しから、僕はうまく本心を隠して彼の意向に合わせるゲームをずっとやっていたつもりだった。相手の思惑に乗るふり、伸びのびと自由に屈託なく振る舞うふり、あの男には何かあるとずっと昔から気付いていたはずだったのに。
種明かしが、こんなに!こんなに!苦しいなんて!
「‥っふぅっ‥ひっぐ‥ひぃっく‥‥」
いつの間にか両手で握り締めた土。
奥歯がぎりぎり音を立てるくらい食いしばっちゃっている。土のひんやりとした懐かしさが余計に胸を苦しくさせる。
ほたほたとまばたきの際に涙が落ちた。握った拳が濡れていく。
「‥じいちゃ‥んっ‥ぅうー‥さ‥ひっく‥さみしい‥っ‥」
食いしばった歯の隙間から声がもれる。
僕はなんなの?僕はどこからきたの?僕はこれからどこへいけばいいの?
じいちゃん!
あの絵を見たときも、怖い夢を見たときも、怒られたあとも、とにかく僕はいつもじいちゃんを呼びながら大声で泣いた。
しゃくりあげて、手足がしびれるくらい泣いて泣いて、今も呼んでしまうのはじいちゃんだ。
日がやがて落ち始めているのを感じながら、僕はトランクの土に突っ伏して、わぁわぁ泣きわめいた。
きみのすきな食べ物が知りたい 天王野苺 @domico
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