第11話 祖父と『○○』

光子からの『声』が届いた。

街は私との連絡を禁止していないらしい。

中身は検閲されているのだろうか、『声』を入れる際に誰かに見張られているとも限らないが、我が孫の話す声色と内容はなんとも下らない、取るに足らない内容であった。

友達ができただとか。

皆似通った容姿であること。

『街』の自分への戸惑いと困惑。

己への自負と自意識。


こいつも期待はずれであったか‥。

私は久々に嘆息する。いつぞや焼いていたケーキを焦がしてしまった時のように。

本当に、がっかりだ。


何年も前に、私はこの世界に飽きてしまった。

若い頃人間同士を争わせるのにすっかり飽きてしまった私は、逆に争いをゼロに出来ないかと仲間の科学者と実験を始めた。

諍いの切っ掛けになる『差異』を失くせば。

それでも奮い立つ者があれば、牙を抜けば。

そうして我々は家畜のような人間たちを増やしたが、それでも泡が立ち上るように水面に波紋は広がり続ける。

ああ、そうか。

愚かな者どもをいくら捏ねたとて無駄なのか。

では、全ての人間が私であればこのような無駄は終わるのか。この世界で唯一の有能な人間である私で、世界をまとめ上げるべきなのか。

私が、私で世界を満たそうとした時、『街』は私を追放した。

ただ私の手足となり働き続ければ良かったものを、少しはまともだと思っていた者共に反抗されるのには驚いた。何を、自分の頭で、考えようとしているのだ。私というものがありながら!


誰も何もわかってはいない。


私は幾年もかけて様々な『村』を作った。

『街』のショーケース版のようなものだ。

小さな箱庭で幾つもの可能性を育て、何通りかの滅びを見た。

悪くない日々だった。

小さな仕事でも、成果を得られるのはやり甲斐がある。

ふと、昔作りかけて追放された『街』のことを思い出す。

『街』は私なしでも増殖し続けているようだった。

始めに呼び集めた科学者共はもう全て死に絶えているだろう。私は奴らより年若くあったし、己に手を入れ続けて人間の寿命を遥かに越えて生きている。

そうだ、この手持ちの『村』と『街』を戦わせてみたらどうなるだろう。

久しぶりに楽しみができた。目の前に広がるチェス盤を想像する。向かい合って座る先に私の不敵な笑みが見える。

私の好敵手は私しかいない。

長く楽しい戦いになりそうだ。


幾つかの『村』で育成した『孫』を何体か『街』に送り込むが、どれも最終的に『街』に取り込まれて終わった。

色々な思想を刷り込み暗示にかけるのだが、なかなか発動しない。


山椿光子は26体目の『孫』だ。

今回は容易に敵方に取り込まれぬよう精神だけでなく肉体にも頑健さを加えた。と、言っても遺伝子を操作するのではなくあくまで交配で強化した品種改良のみだ。作り込まない方が思いもよらない効果を持つ個体が生まれる。


‥がっかり‥落胆‥こんな気分はいつぞやケーキを焦がしてしまった以来だ。

何かをぶち壊し、誰かを殴りつけなければ収まらない不快感だ。

こんな時、光子はいつも笑う。『失敗から人は学ぶ』無能が唱えるそんなまじないを、その光る眼差しと声で私に染み込ませる。


「苦いと甘いをいっぺんに味わえるケーキを作っちゃうなんて、やっぱり僕のじいちゃんは天才だねっ!」



光子?

今、光子の声がしなかったかい?

僕はうたた寝してしまっていたようだ、椅子に沈み込んだ格好で光子の声に起こされた。

肩に暖かい手が置かれる。

顔を上げると妻が僕を見下ろしていた。

「そうか‥僕は光子からの『声』を聴きながら眠ってしまっていたようだねぇ‥」

何か長い夢を見ていたような気もする。

最近は年のせいか、何でもすぐ忘れてしまう。

光子が『街』へ行ってしまってここにはもういないことを、妻の気遣わしげな目で思い出した。


もう一度『声』を聞こう。

光子はもうお友達が出来たらしい。そうだろう、あんなに優しくて面白い子だもの。

じいちゃんのお陰で勉強だって楽勝?いやいや、あの子くらい優秀な子は『街』の中にもそうはいないだろうねぇ‥いやはや、ちょっとじじばかかな。



あの子の弾む声を聴きながら、私はまたうとうとと微睡む。

私の命はもうすぐ尽きる。その時は『街』も『村』も私と共に滅ぼしたい。

独りで行くのは嫌だ。私の滅びは世界の滅びであるべきだ。


でも、光子だけは。

あの子だけは、全てが滅びたそのあとも、光り続けて欲しい。

私の光。


‥‥

















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