第10話 十一と山椿光子
青が戻ってきた。
山椿光子と一緒だ。
ぐしゃっ。
持っていた調整液のパックが握りつぶされた音に周りの視線が私をさりげなく撫でる。
そんなの構っていられない。だって、何あれ。
手に触れて掴み合って二人がクラスルームに入ってきた。
周りのさざ波のような奴らが-ちらちらと目を向けていた-やっぱり気になってたのね、青の笑顔を見て、安全、GO、と言わんばかりに次々に声をかけてゆく。
私達に取り囲まれた青と山椿光子が見えなくなる‥青の赤い髪が他より頭ひとつ抜けて見えている。
私は。
パックを床に叩きつけてみる。
かこん‥と大した衝撃もない、ただ落ちただけのような音がする。皆の笑いさざめきで気にもされない頼りない音。
い や だ
立ち上がる。
私達‥いいえ、私達は『私』じゃない。
私によく似た同一のような私じゃない奴らを押して前に進む。腕を引っ張って退かす。間に割り込み押し通る。
皆は簡単には退けてくれず、私を見て声を上げたり時には同じくらいの力で押し返してくる。
私は、『私』と同じくらい目の前の『皆』が『いる』ことに‥感動?恐怖?怒り‥悲しみ‥解析できない、とにかく触れる指先がしびれている。存在に触れる度ビリッと痛みが。
「青!」
「え?
かき分けた先に青と山椿が急に現れる。
その手を離して欲しい。
私はそう思って、言葉に出さずに二人の間に割り込んだ。というか、青を突き飛ばした。
わたしの精一杯の、生まれたての怒りは体の強い青には全然効かない。
青は少しふらついただけですぐ体を立て直す。
急に突進した私はもう限界で、そのまま前に倒れこむ。
あわてて私に手を差し出した青‥やった、山椿光子と手を離した!
私はそのまま青の腕の中に飛び込んだことになってしまった。
「
のほほーん、としか表現できない青のいつもの声。私の怒りに、精一杯の暴力に気づいてもいない、いつもの甘ったれた口調の低くかすれた声。
私の右肩と、背中にかすかに触れるくらいで止まっている青の手。私が倒れたらすぐに支えようと、でも必要以上に触れまいとしている手。
耳が、全身の皮膚が、その声とその手の感触だけを感知しようとしている。
すぐ横に黒い視線があった。
顔を向けてその黒い瞳を見た。
黒いはずなのに奥に何かが瞬いているような。私の髪が映っているだけ?
「ぼくは山椿光子。君の名前を教えてもらえたらうれしいな」
まるで威嚇のように笑いかけてくる。瞳は私の表面でなく心を覗き込んでくる。
気に入らない。
「ぼく」って一人称も、妙な瞳も、藍色の衣装の裾がひらひら揺れるところも、青が見つめてることも、青に触れていたことも。
「私は
私は、青がいつもうっとりと羨ましがる笑顔で首をかしげてあいさつをした。
青の腕の中で。
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