第9話 タラクは多楽
山椿光子がクラスルームに戻ってきた。
私を含む室内の目線が彼女の動きを追う。一人ではない、私の担当の生徒と連れ立っている。
あれは‥。
相手が青である事が少し気にはなるが私の担当室が戦場になることは避けられたようだ。異物ではあるが受け入れられつつある。こちらに慣れてくれるだろうか。
青と連れ立って入室した事により、山椿の周りに他の者も集まってきた。我々より身長の低い山椿の姿がこちらから見えなくなる。
何を話しているのだろうか。気にはなるが私が近づけばせっかくの交流の始まりを台無しにしてしまうかもしれない。
何かが起きそうなら‥いや、いっそ何かが起きてしまっても介入すべきではないのか。
何をして、何をするべきでないのか。
山椿というひとつの色が伝播したかのように、私の受け持つ生徒たちの僅かな個別が差違が浮かび上がって見えてくる。今までになかったことだ。
彼等は私を『先生』と呼ぶ。
私の一体何が先生だというのだろう。
知識を授ける事はもう人間の仕事ではない。
生活の為の職業というものもない。真に仕事が有るものは選ばれた特別な何かを成し遂げるものだけだ。技術や叡知は先人のアーカイブを解析するだけで足りるのだから。我々は成熟したのだ。
けれども、私達の一部は、個別に家庭で子供を養育し、必要のない経験を求める。
私は『教師』に志願した。
毎日、見分けのつかない幼い者たちに日々の消費の様々なやり方を手解きする。
しかしそれは私ではならない、事は、ひとつとしてなかった。
そんな私達のもとにやって来た異物。
私達とは違う『他者』だ。
私は初めての教師としての仕事に取りかかろうとしている。
いや、なにも知らない私ができることは、彼女と同じように一人ずつ違う顔が見えてきた私の生徒たちのことを少しずつ教わることだ。
『好きな食べ物は、トマトです。』
私達が考えてもみなかった、私達の好きなものを知ることから始めようと思う。
私は、自身の名前『タラク』に他の文字があてられていた過去を思い出す。
楽しいことが多くありますように。
幼い頃の養育者だったのか、生物学上の『母』だったのか。
そんな風に名付けた者がいたのだ。
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