第5話 タラクと山椿光子

「山椿 光子だね」

表情に、出なかっただろうか。

私は転校生を前にしてたじろいでいる。

居住室や生活習慣、規則を説明しながら私は視線をさまよわせず山椿の瞳だけを見つめることに集中している。

一体、どうしてこんなことに。

山椿の年齢ならば本来なら第三世代にあたる。

第二世代の私には未だ色濃く残っている身体と精神に残る苦しみと痛みから、解き放たれているはずの世代なのに。


「君が、キューブや調整液を望まないのなら私たちはその気持ちを尊重するよ。これは強制されるものではないのだから。ただ、わかってほしいのは、これは世界の不平等や苦しみを終わらせるために考えられたものなんだ。君がそのままで生き続けるのはもちろん肯定する。けれど、変わりたければ私たちが力を貸すよ。望むのならば外科処置を施すこともできるんだよ」


山椿のつむじが見える。その下に束ねた針金のようなごわごわとした黒ずんだ髪も。

伸びていない背丈に胸が痛む。

ふいに山椿は顔を上げてこちらを見た。

太い眉の下に見える目は何が映り込んでいるのか、黒々としながらもきらめいている。

「ありがとうございます。タラク先生。ぼくがそれをお願いしたくなった時はお伝えしますね。今はここに来たばかりだから、まずはいろいろと体験してみたいなって思っています。同じ年の子たちに会うのも、実は初めてなんです」

短い手足をせかせかと動かしながら山椿は私の後を付いて回り、追い越してそこらじゅうを見渡している。体つきはがっしりとして栄養状態に問題はなさそうだ。低い重心移動が、首や視線の動きひとつひとつが、奇妙な舞踊のように見えて、初めの衝撃はいつしか薄れ、いつまでも見ていたくなってくる。

山椿は、他の子と馴染めるだろうか。

互いに悪影響があったりはしないだろうか。

そういう悩みから教育機関は解放されて久しいと思っていたのに。


守らなければ‥。

誰を?何から?

山椿に目を奪われる度に、今までの私の指導への自信が揺らぐ。

比べる。批判する。嫌悪する。

しまい込んで意味が錆び付いてしまったそれらの言葉が私の奥底でうごめき出す。

一瞬、思いにとらわれて、目の前で立ち止まる山椿に接触しかけてあわてて立ち止まる。

私の鼻が山椿のつむじをかすめる。

ぷんと匂う。

日光。誰かの手。古びた清潔な布。小動物の幼体。枯れた植物。炎。

匂いによって呼び起こされる様々なイメージ。

今のは、私の記憶だろうか。

いつの、何処でかいだ匂いだっただろうか。




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