第4話 山椿光子と祖父
困ったな‥。
授業は楽勝だった、もちろん。
田舎の村に引きこもってたからってホームスクーリングは受けてたし、じいちゃんや村の人たちから何でも教えてもらってたし。
15歳になって、国から正式に通知が来て。
ぼくが「街」に行かなきゃじいちゃんは逮捕されちゃうらしい。
「光子、あなたを自然のままに育てたのは、あなたそのものを失いたくなかったからなんだが‥僕は我が孫の可能性を奪ってしまってたのだろうかね」
めずらしくしょぼくれているじいちゃん。
前に読書に夢中になっててオーブンの中のケーキを焦がしちゃった時みたいにうじうじしてる。
「じいちゃん、ぼく行くよ。「街」に行く」
正直浮かれてほっぺたのはじがによによしてなかったかな?たぶんばれてる。
ぼくの返事がじいちゃんをがっかりさせちゃったとしたら、じいちゃんが孫に行った非道な人体実験は成功ってことだね。
ぼくは、かんぺきじゃない。
それは大いに自然ってことだ。
じいちゃんの「妻」が、くよくよしているじいちゃんの代わりに、ぼくの出発の準備を手伝ってくれる。じいちゃんの「妻」は正確にはぼくの祖母ではないんだけれど、この10年ほど大変お世話になった人だ。よそのレディをばあちゃん、とは呼ばないけれど、心のなかではぼくの大好きなばあちゃんだ。
「妻」が学校に行くなら制服がいるでしょう?って、服を作ってくれる。肩の後ろに大きな四角い襟が下がった藍で染めた上衣、同じ色の腰巻きはいくつもひだが寄っていて、それを履いてくるりと回ると服の裾がふわりと広がる。まるで花のよう。
胸に赤いスカーフを結ぶ。それで出来上がり!
こんな服を着ていくのはきっとぼくだけだろうけど、どうせ野生のぼくはひどく目立っちゃうだろうからもう何でもいいや。
「妻」は遠い過去のライブラリーから衣服や道具や調理法をいくつも再現する。ちらりと映像を見るだけで、すごい。
代わりに、いくら教えても文字を覚えない。
この村はみんなそうだ。
さまざまな、目に見えたり、見た目にはわからない欠損と過剰を持った人たち。
ぼくは何を持っていて、何が足りないんだろうか。
ここではみんながてんでばらばらで、普通っていうのがわからない。
あ、いけない‥普通っていうのは、じいちゃんの好きじゃない言葉だ。
自然のままっていうけど、こうやってぼくをどこかへ導こうとするのは、不自然じゃないんだろうか。
そんなことばっかり考えて、ときどきじいちゃんと口げんかしたりする。
そんなちょっと鬱屈(すごい字だ)してた時に「街」の教育機関への収容要請だ。
そりゃ、冒険してみたいって思うよね。
「では、行ってきます!」
ありゃ、じいちゃん返事しないな。
「ぼくは自分で行きたいから行くの。無理やり連れて行かれるわけじゃないし、しょっちゅう連絡するからさ」
じいちゃんはやっとこっちを見て、ゴロゴロと大きなトランクを押して渡してくる。
「なにこれ?何が入ってんの?」
「土と種がいくつか、だ。手荷物でないと持ち込めないかもしれないからな。」
にやり‥と不敵な笑み。
やっぱり、ぼくのじいちゃんって、やばい人みたいだ‥。
そうして、かくかくしかじか。
自己紹介っていえば、名乗る。あとは‥
「すきな食べ物はトマトです」
軽い一言。
の、つもりだったのに。なにこれ、みんなの目が怖い!!
なんかまずいこと言っちゃったみたい‥集団トマトアレルギーのクラスだったみたいな??
そして何より今、困っているのは、みんなの見分けがつかないってことなんだよー!
すらりと細い、透けるような肌の長身な一団。
さらさらと輝き揺れる長い髪。
その中に一瞬、親しみやすい色が見える。
パサパサとした、赤茶けた、うねって広がる長い髪。
その持ち主の子と目が合う。
にっこりと笑って見せると、その子は耳まで真っ赤にして一瞬椅子の上で跳ねた気がした。
そんなびっくりしなくても‥!!
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