第49話 泥の液体

 ソラとホロウは暗い洞窟の中を歩いていた。

 カメラドローンには一応こんな時のために強力な灯りも搭載されているけれど、ホロウは用意が良かった。ベルトに付いたポーチの中から小さめの懐中電灯を取り出した。

 黒くて質感のある形状で、少し細身。

 それがより一層ホロウに似合っていた。


「なかなか暗いわね」

「洞窟だもん。暗いよ……」

「そんなことは判り切っているわ。問題は壁よ」

「壁?」


 そう言えばこの洞窟には苔が生えていなかった。

 つまり光源になってくれる菌類が全く無いわけで、暗さがより一層際立った。


「ヒカリゴケも生えていないね」

「あんなもの何処にも生えているわけじゃないわよ。とは言えダンジョンに光源が無いということは、ここはそう言う空間ということよ」

「そう言う空間?


 ソラにはさっぱり伝わらなかった。

 けれどホロウはちゃんと説明してくれるのでありがたい。


「ダンジョンはね、モンスターとだけ共存しているわけじゃないのよ。私達みたいな人間や植物とだって共存できる。だからこそ、この洞窟に植物が生えていないってことは……もう分かるでしょ?」

「つ、つまり……この洞窟は植物との共存が果たされていないってことよ。その原因はコレだけどね」


 ホロウは洞窟の壁に近づいた。

 懐中電灯で照らしてみると、少し液状化していて表面がドロドロしていた。

 一切触ろうとは思わないけれど、「コレ、何か判るわよね?」とソラは聞かれた。


「えっと、洞窟の表面が溶けているのかな? それとも泥が付着しているの?」

「惜しいわね。後者はかなり近いわ。だけど正解は……」


 ホロウは少し下がった。

 懐中電灯を使って全体を照らし出すと、洞窟の壁一面がドロドロしていた。

 生き物のように蠢いていて、ソラは悲鳴を上げてしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ソラは絶叫してしまった。

 女の子の声が出てしまい、転んで足を捻りそうになるものの、しっかりと受け身を取って怪我はしなかった。


「な、何コレ!?」

「そんなに驚く程でも無いでしょ? 別に危害を加えてくるわけでもなければ、モンスターの様に自発的に動けるわけでもないのよ。それに……」


 ホロウは石ころを拾って投げた。

 するとブヨンと反射して、石ころが戻って来た。


「分かったでしょ? この洞窟の壁には一面スライムのような泥が付着しているのよ。そのせいで光は透過しないから光源は存在せず、一面が泥で覆われているおかげで植物は生存できないの。これがこの洞窟の秘密よ」

「秘密って言うか」

「変な所よね。ダンジョンって色んな彩があって……ふふっ」

「ホロウ?」


 ホロウは笑みを浮かべた。

 ソラはその表情に感動して胸がジンとなる。


「ホロウ、楽しそうだね」

「楽しいわよ。それより早く行きましょう」


 ホロウは洞窟の奥へと向かう。ソラもその後を追いかけることにしたが、突然ホロウが懐中電灯を天井に当てた。

 すると何かが飛来して来て、ソラは恐怖に慄いた。


「今度はなにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「ただのコウモリよ」


 ホロウは淡々としていた。

 けれどソラはびっくりして炎を出していた。その瞬間体が変化して、またあの時と同じ姿になった。


 ボアッ!


 炎がカーテンの様になってコウモリ達の攻撃を完全に防いだ。

 炎を嫌ったのか、それとも超音波が炎に飲まれたせいかは分からないけれど、コウモリ達は方向感覚を失って洞窟の天井飛び回ってしまった。


「ひ、酷いことしちゃったかな?」

「そんなことないわよ。それより……」

「ほえっ?」


 ホロウはソラのことをジッと見ていた。

 何か変なことはあるけれど、何か変なことでも起きたのかな? ソラは首を捻るが、ホロウは「ふふっ」と笑うだけで何も言ってくれなかった。


「な、何で笑うの?」

「別に」

「むー。絶対揶揄ってるよね。もー! 怒るよ」

「怒ってくれてもいいわよ。私は気にしないから」


 本当は意味もなく天井に懐中電灯を当てたことも怒りたかった。

 けれどホロウからしてみればただ洞窟内の危険が無いか確認していただけなので文句は言えない。別に故意はないことをソラは理解していた。


「とりあえず天井周りに関しては何も無いわね。それじゃあ……」

「先に行くの? だけど結構歩いて来たよ?」

「そうね。大体二十分くらいは道なりに進んでいるわ」


 ここまで何も起きていない。

 コウモリ達に恐襲されたこと以外に特段の変化はなく、モンスターの姿を見かけることはなかった。


「もしかしたらモンスターなんていないのかも?」

「その可能性も否定できないわね。……残念ね」

「残念なんだ……あはは」


 ソラは呑気に笑っていた。

 けれどホロウは神妙な顔色を浮かべていて、視線を色んな方向に向ける。

 すると地面に何か落ちていることに気が付き、懐中電灯を持ったまま少し走った。


「何かしら?」

「何かあるの、ホロウ?」


 ホロウは懐中電灯を使って地面を照らしていた。

 ホロウの視線の先にはブヨブヨした液体が落ちていた。けれど泥のような臭みもあって、ホロウは経験から嫌な予感がした。

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