第45話 泥窟の森にやって来たよ

 宇宙たちは最寄りの駅で降りた。

 周囲には誰もおらず、駅のホームも無人だった。

 改札機にスマホをかざしてお金を払い改札を通ると、ピッ! と電信音が聴こえる。この辺に関してかなり最新仕様で、モンスターにも壊されないよう超頑丈な仕様だった。


「静かだね」

「そうね。私たちみたいなもの好きでもないと、こんなところに来ないわよ」


 この間行った陽喰の森の反対側。そこから少し行った先にあるのがここ泥窟の森だった。

 森の中は陽喰の森とは違い、モンスターの数も増えるらしい。

 そのせいもあって初心者向きではあるものの、難易度は上昇する。舐めた気持ちで突入するとあっという間にお終いだ。


「幽剣、本当に撮影するの?」

「なに? もしかしてしないの?」

「う、うん。別にしなくても良いけど……如何するの?」


 実際今日はカメラドローンを持って来ている。

 最新モデルで、価格は手頃じゃなかった。高校生には厳しく、二十万円くらいしたけれどカメラの解像度はかなり高くダンジョンでも使えるように強度も高い。

 一応保障にも入っているけれど、壊れないで欲しいと宇宙は思った。


「へぇー、本格的ね」

「臨時収入も入ったから。それより幽剣の方から誘ってくれたけど、本当に映っても良いの?」

「何度も言わせないで。一回映ったら二回も三回も終わりでしょ? それに私は……」


 宇宙はこの間幽剣が口をつぐんだ理由を全部理解していた。

 幽剣は人気モデルだからテレビには出なくても雑誌の表紙でかなり登場している。

 そのせいでSNSでも幽剣のことを取り上げている人もいたらしい。いちいち幽剣は気にしないみたいだけど、ウザいとのことでもう一度映ってくれるようだ。


「宇宙の視聴者を通じて私のことを取り上げても面白くないって伝えないといけないもの」

「僕を出汁に使えると思ったんだ」

「それもあるわね」

「それもある? 他には……うわぁ」


 幽剣は何か言いたそうにしていたので、宇宙は尋ねようと思った。

 だけど幽剣は宇宙に喋らせる隙を一切与えずに腕を引っ張る。

 こうしている間にも時間は過ぎていく。少しでも時間を無駄にしないためにもなのかと宇宙は納得し、幽剣に付き従った。


 とりあえずは森の方に行ってみる。

 宇宙たちは駅の前でダラダラ喋るのを止め、整備された公道を進んで山の方に向かった。案の定山の前には有刺鉄線の柵が設置されていて、隣には出入りするための認証用の台がある。

 だけど不気味なのは有刺鉄線の柵がしてあるのに一切傷が入っていないのだ。

 これはここではなく、この先の領域が危険なことを表していると宇宙は全身に悪寒が放たれた。


「物騒な場所ね」

「そ、そうだよね。でも、行くんでしょ?」

「当たり前よ。それより入ったら配信を開始するんでしょ? 電波は安定していると思うけど、先に告知しておきなさい。これは私のことをとやかく詮索させないためにも必要なことなの。私をクールだとか言って持て囃すのを止めて貰わないといけないから」


 これは完全に僕を出汁に使おうとしている。宇宙は神妙な顔を浮かべ、幽剣を見た。

 だけどそれだけ本気な様子は変わらずで、宇宙はちょっとだけ嬉しかった。

 何時もよりも楽しい配信になりそうだと、笑みを浮かべていたものの、有刺鉄線の柵が開くのと同時に緊張が走る。


「幽剣、凄い魔力だよ」

「これが分かるってことは、相当ダンジョンとの親和性が高いのね」


 褒められているのか褒められていないのか宇宙にとっては分からなかった。

 すると柵を潜った瞬間、宇宙は立ち止まってカメラドローンを飛ばした。


「えーっと、配信待機画面は……うわぁ、何でこんなにみんな待ってるの!?」

「それだけ期待されているって証拠よ」

「ううっ……僕、そう言うのに弱いのに……」


 宇宙は別の意味で緊張した。

 だけど今更そうも言っていられないので、宇宙は勇気を出して配信を始めた。

 始めたのだが……


「な、何でそんなに離れているの?」


 幽剣はまるで他人事のようにカメラドローンの画角から外れていた。

 だけど幽剣は何も言わずに手を伸ばし、ピンマイクを渡すように急かす。

 宇宙はカメラに映らないように放り投げると服の襟に付け、宇宙の姿だけがカメラドローンに映り込んだ。


“配信始まった?”


“ソラさんこんにちは!”


“今日は外ですか?”


“可愛い。ソラさんだ!”


 みんなソラのことを可愛いと言ってくれる。

 ソラはそれを言われるたびに心がグッと突き刺さり、胸を抑えてしまう。

 あんまり嬉しくないことを誰も理解してくれなくてちょっと悲しい。


 だけどソラは話を回さないといけない。

 だから自分のことは一切気にせず、無理やりにでも展開させた。


「えっと、突然の配信だけど観に来てくれてありがとう。今日もダンジョンにやって来ました。だけど今日は僕だけじゃなくて、もう一人居るんだよ。はい!」


 カメラドローンをスッとソラから別の方向に移した。

 そこに居たのは当然幽剣。腕を組んだまま佇んでいるクールな姿が映り込んだ。

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