第44話 待ち合わせなんて初めて
宇宙は荷物を持って駅前にやって来た。
蛍市は大きな駅が幾つかあって、ここから色んな場所に行ける。
だから楽しいんだけど、ダンジョンがある辺りにはよっぽどのことが無い限り人は来ない。今の時代、何処に行ってもそんな感じで、昔から賑わっている東京でも今じゃまともに住めなくなっている街は結構あるらしい。
「ダンジョン探索者って国が補助しているくらい手厚いサポートがあるのに……」
「如何して少ないのかってことでしょ? そんなの危険だからに決まっているでしょ」
ベンチに座って待っていると、宇宙は疑問に合いの手を入れられた。
驚いて顔を上げ、振り返ってみるとそこに居たのは幽剣だった。
「ゆ、幽剣!?」
「時間通りね。それとそんな分かり切っていることを今更言うなんて、どうかしているわ」
かなり厳しいことを言われてしまう。だけど幽剣の言っていることは改めて言わなくても事実だった。
ダンジョン探索は危険が付き物、ダンジョンの特異性で死ぬことはなくても心に大きな傷を負って再起不能に陥る人も少なくない。
それならダンジョン探索なんて辞めたらいいのでは? と批判が来るかもしれないがt、ダンジョンには未知が眠っていて、この国の毎日の生活には欠かせない。
安定して魔石が採取できる訳もないので、人の手を借りるしかないのだ。だからこそ危険が付きまとっていて、ダンジョン探索者なんてやりたがらない。それが仕組みだった。
「まあ私たちが探索者をしている理由は地位や名声のためじゃないでしょ?」
「う、うん。僕は……そう言えば幽剣の目的ってあるの?」
「当たり前よ。私は私であるために探索者を続けているの。分かる?」
「分からないです」
壮大な理由は宇宙には全くと言っていいほど伝わってこない。
だけどダンジョン探索者としての実力は相当なもので、とっても頼りになる。
それにこんな美人さんと一緒に居られることが宇宙にとっては烏滸がましいと感じてしまった。
「それより早く行くわよ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
幽剣は先に駅のホームに向かってしまった。
宇宙はその後ろ姿を見て慌てて追いつくと、一緒に電車に乗ることにした。
*
電車に揺られる宇宙は沈黙の中にいた。
お互いに黙っていて、何を喋ったらいいのか分からない。
(この時間が気まずいよぉー……)
宇宙はキョロキョロ見回してしまった。
この車両の中には今は宇宙と幽剣しかいない。さっきみんな降りてしまって、早三駅。
宇宙は幽剣と二人きりになってしまい、カチッと固まってしまった。
(な、何か話さないと……)
そう思って勇気を振り絞ろうとした。
だけど先に口を開いたのは、意外にも幽剣だった。内容も意外で、宇宙はびっくりする。
「ねえ、いつから配信者なんてやってるの?」
「へっ!?」
「いつから配信者をやってるのかって聞いたのよ。まあ答えたくなかったら、答えなくてもいいわよ」
そう言う訳にも行かないのが宇宙の本分だった。
色々迷ってしまったけれど、ここは素直に答える。
「僕って、その……自分に自信が無いから」
「そう? まあ見て解るけど」
「うっ! それならわざわざ深く抉らなくても良いでしょ? って、僕は自分に自信が無いから少しでも自信を付けたくて、普段やらないことをしたら変わるかなって思って、今年から始めてみたんだ。そうしたら、その、ダンジョン配信をしてお陰様でって感じかな?」
「お陰様? 別に私は何もしていないわ。仮に私が映り込んだのだとしても、それは貴方自身の力のはずよ。誇ってもいいわ」
「……ありがとう」
やっぱり幽剣はズバズバ言う人だ。
自分の思ったことを剣に見立てた言葉に乗せて切り込んでくる。だけど形が無いからまるで幽霊みたいで、自分のことも他人のことも興味が無いみたいに透明だった。
「えっと、幽剣は?」
「私? 私はさっき……」
「言ってたよね。私が私であるためって。如何いう意味なのかな?」
「そのままの意味よ。深く考えなくていいわ」
そう言われても深く考えてしまう。
だから宇宙はあくまで自分の中で仮説を立てた。
多分一番の原因はストレスの発散。モデル何て人に見られる仕事をしている手前、大人しくしている時間が多い。それが全身を蝕んで、自分を違うものに書き換えようとしているんじゃないのかって、きっとそう思っているに違いない。
だからこそ抗って、もがいて、そのために自分を剣の様に振りかざす。まるで幽霊の剣の様にって、いつもの漫画の癖で適当なことを思ったけれど、要するに……
「自分を見失わないため?」
幽剣の視線が一瞬注がれた。
宇宙は首を捻って幽剣の顔色を窺おうとするが、首をブンと振って顔を見せてくれない。
何か逆鱗に触れるようなことでも言っちゃったのかな? それなら早く謝らないとと思ったが、何故か怒っている様子でもない。宇宙は訳が分からなくなってしまって、一人あわあわしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます