第43話 IDを教えて貰いました

 宇宙は自分の部屋の中で頭を抱えていた。

 一体如何したら良いのやら。宇宙は困ってしまった。


「はぁー。勢いで誘ったらOKして貰ったけど……ううっ」


 まるでクラスのマドンナにデートを申し込んだら、何故かOKして貰ったみたいな、そんな恥ずかしい気持ちになってしまう。

 確かに幽剣はクラスでは物静かで、もっと言えばずっと黙っている様子で、クラスの中心人物ではない。つまりマドンナポジションではないけれど、見た目だけで見ればとっても視線を釘付けにしてしまう個性がある。


 とは言え、別に宇宙には恋愛思想はない

 ただの友達と言った関係で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 とは言えまさか勢いでダンジョンに行くことになるなんて、流石に思いもよらなかった。


「如何しよう。と言うか如何しよう……」


 宇宙は困ってしまった。

 だって追って連絡吸って言われていたのに、連絡手段がない。

 ROADのIDを好感していないので、こっちから連絡もできないし、向こうからの連絡もない。完全に孤立してしまっている状態で、宇宙は頭を抱えてしまった。


「いつ連絡が来るんだろ。学校? そんな訳ないよね?」


 流石にもう休日だ。一体何処から? 如何やって? くだらないことで頭がいっぱいになる。

 そんな調子で悩んでいると、突然扉が開いた。

 何の前触れもなかったわけではなく、足音が聞こえていたので何となく分かった。


「宇宙君、入っても良いかな?」

「う、うん」


 ガチャと扉が開いた。

 そこには潤夏が居て、手には何か持っている。


「如何したの潤夏姉?」

「宇宙君、今日サインを書いて貰った雑誌にこんなものが挟まっていたんだけど……」

「挟まっていたって、その紙切れ?」


 潤夏が持っていたのはメモ帳の端切れのようだった。

 均等に薄い青色の船が入っていて、間違いなくメモ帳の端切れだ。

 だけど何でこんなものが? と、宇宙は首を捻る中、潤夏から受け取った端切れには何故か宇宙の名前が書かれていた。


「あれ? 何で僕の名前が書いてあるの?」

「それが分からないのよ。多分幽剣ちゃんだと思うけど……」


 この字は確かに幽剣の文字だ。

 一回見ただけで覚えてしまったけれど、宇宙は不思議で仕方ない。

 如何して自分の名前が書いてあるのかな? もしかして何かのメッセージかもと裏面を見てみると、英数字が掛かれている。

 サラサラとサインを書いた跡のようで、もしかしたらと思ってスマホに打ち込む。


「これってIDだよ」

「ID? ああ、ROADのIDね。バーコードでも赤外線でも振動でもなく直接文字打ちなんて珍しいわね」


 確かに言われてみればそうだった。もしかしたら気恥ずかしかったのかも。それならちょっと可愛いなと思い、宇宙は唇を噛む。


「えーっと、早速メッセージを送ったらいいのかな?」


 宇宙は考えた。だけど宇宙が打ち込むよりも早く幽剣からメッセージが返ってくる。

 いつの間にか友達登録されていて、リストに入っていた。

 それでこの速度。もしかしたら待機していたのかな? 宇宙は色々悩んだけれど、早々の[遅い]の二文字がグサリ刺さる。


「[ご、ごめんなさい]っと」


 一応返信することにした。

 だけど最初のやり取りがこれだとちょっと悲しくなるけれど、幽剣はそんなこと気にしていない様子で、ズバズバと要件を送りつける。


[ダンジョンの場所は泥窟の森だから]


 聞いて事もないダンジョンの名前が送られてくる。

 宇宙は首を捻りながら口返し読む。


「泥窟の森? どんな所だろう」


 そう口走ると話しを聞いていた潤夏が「あー」と唸る。

 何か心当たりでもあるのか、表情を渋くする。


「あの森に行くのね」

「潤夏姉は知ってるの? って言うかまだ居たの!」

「ええ、まだ居たわよ。それと宇宙君、その森は森と言うよりも洞窟が特殊な所だから気を付けておいた方が良いわよ。地面がぬかるんでいるから汚れてもいい圧底の靴を履いていくといいわ」


 もの凄く丁寧なアドバイスを貰った。

 宇宙はしっかりと潤夏の言葉を聞き入れると、幽剣にメッセージを送る。


[分かったよ]


[そう……そう言えば配信はするの?]


[配信?]


[するのならちゃんと準備しておきなさいよ]


 幽剣から意外なメッセージを貰う。宇宙が目を見開いて固まってしまった。

 幽剣の性格的にこういったことには興味が無いか、もしくは嫌っているタイプだとばかり勝手に思い込んでいた。もしかしたら積極的に取り組んでくれるのかも思いつつ、[わ、分かったよ]と返信した。


 それ以降幽剣からメッセージがこの日送られてくることはなかった。

 何だか一日で色々ありすぎる日が増えてきていて、宇宙はちょっとだけ疲れてしまう。


「お疲れみたいね、宇宙君」

「うん。でもちょっとだけ楽しいよ」


 ちょっとだけと言いつつ、心は凄く弾んでいた。

 しぼんでいた風船が一気に膨らみ出すみたいにリアルを充実させている。何となくそんなイメージで、後ろ向きでメンタル激弱な宇宙にとっては今にも弾けてしまいそうで、逆に心配になってしまった。

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