第42話 ダンジョン行かない?
「こちらオレンジジュースになります」
「「ありがとうございます」」
「ごゆっくりどうぞ」
潤夏はトレイに乗せた二つのオレンジジュースを秋音と幽剣の前に置いた。
二人は運ばれたオレンジジュースに刺さったストローに唇を触れさせると、果汁百パーセントジュースを飲む。
「すっきりした味ですね」
「美味しい」
秋音はにこやかな笑みを浮かべ、幽剣は目を見開く。
如何やら思った以上の美味しさに驚いてしまい、口を覆っていた。
「潤夏さん、新鮮なオレンジですね。もしかして……」
「そうよ。私の親戚、宇宙君も知っていると思うけど、愛媛にある伯父さん夫婦の家……」
「あっ! みかん農家さんだよね。そっか、そこから定期的に仕入れているんだ」
宇宙は納得する。二回くらい行ったことがあるけれど、広大な敷地にたくさんの柑橘類を栽培していた。
どれも酸味が強いわけじゃなくてとっても味わい深くて美味しい。
品物がいいから品質も安定していて、美味しいオレンジジュースができるんだ。
「へぇー。そう何ですか」
「うん。幽剣ちゃんも美味しいって言ってくれて私、嬉しいわ」
「美味しいものは素直に美味しいと言った方が感情表現になるだけです」
「幽剣さんはいつも通りですね……ところで幽剣さん、この後の予定は?」
「……ありませんが?」
「ちょうど良かったです。それでは早速撮影場所の下見に……幽剣さん?」
秋音は不思議なことを感じる。幽剣がキッと宇宙を睨んでいた。
一方の宇宙は、何故か幽剣に見られていた。睨まれているようで、何か悪いことでもしたのかと思ってしまう。さっきまでサインしてくれるくらい優しかったのに、如何してかなと思う。
すると気になった潤夏は宇宙と幽剣を見比べながら「あー」と納得する。
「そのオレンジジュースを作ったのは宇宙君よ」
「えっ?」
「気になっていたのよね? 私の指にオレンジの皮が付着していないこと。ごみを捨てる様子もなかったから薄いビニール手袋をしていたわけでもなく、水を使った様子もなかったから。なかなか良い着眼点をしているわね」
潤夏はとんでもない幽剣の実力を瞬時に見極めた。
幽剣からしてみれば大したことはしていない様子だけど、「そうですか?」と適当な相槌を返す程度。しかしながらこの後の予定も詰まっているということで、幽剣は先に店を退席しようとする。
「気になっていたことも分かったので私は先に出ます。場所はメッセージを送ってください」
幽剣は席を立った。
それからトコトコお店の出入り口に向かおうとするが、何となくつまらなそうな表情をしていることに宇宙は気が付いた。
何かとは言えない。だけど何か引っかかる様子で、宇宙は意味もなく声を掛けていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
宇宙が声を掛けると、幽剣はジロッと宇宙の顔を見る。
睨んでいるように見えるのは常になのは理解したけれど、「何?」と真顔で返されるとちょっと怖かった。だけど宇宙は動じている暇は無く、「えっと……その」と話す内容を振り絞る。
「えっと、あっ、そうだ! 幽剣はまだダンジョン行ってるの?」
「当然よ。私がストレスを発散できる場所だから」
「そ、それじゃあ……この間の曲通武者よりも強いモンスターと……」
「戦ったことくらいあるわよ。それで何? もしかしてそんなくだらない会話がしたかったの?」
幽剣はちょっと怒っているように見える。
だから宇宙は正直な気持ちを伝えた。
「ねえ幽剣。唐突なんだけど、僕とダンジョン行ってくれないかな?」
「宇宙と? 如何してよ」
「り、理由はないけど……ダメかな?」
宇宙は自信が無かった。果たしてこれで乗ってくれるのだろうか?
もちろん宇宙なら怪しんでしまうし、現に幽剣も微妙な反応、もっと言えばマイナス寄りな表情を浮かべていた。ちょっと怖いし、先の展開が不安で仕方ない。
「まあいいわ」
「えっ、いいの?」
思ってもみない解答が貰えた。
宇宙は瞬きを二度した後、「ただし!」と幽剣に突き付けられてしまう。何を言われるのか不安になるものの、ゴクリと喉を鳴らして「ただし?」と繰り返す。
「私がダンジョンの場所は指定するわよ」
「えっ? もしかして遠出するとか?」
「そんな真似しないわよ。現実的な範囲にあるダンジョンに行くわ」
流石に無茶苦茶レベルではなくて安心する。
ホッと一安心した宇宙だった。
「そ、それじゃあお願いできるかな?」
「はいはい。日時は今度の休日、午前十時に駅に集合。場所は追って連絡するから」
「う、うん! が、頑張るね」
「頑張らなくてもいいわよ。それじゃあ、私行くから」
幽剣はそのまま帰って行ってしまう。カランカラーンとベルが鳴り、お店の中が静まり返る。
ㇵッと我に帰る宇宙は「あっ!?」と恥ずかしくなるものの、後ろでは秋音と潤夏が話していた。
「珍しいこともありますね」
「そうね。でもダンジョンか、またみんなで行ってみたいわね」
「そうですね」
二人は哀愁を感じていた。
そんな歳でもないはずなのに、遠い目をされてしまう。しかし宇宙には全く関係なく、とりあえず頭が半分機能しなかった。
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