第41話 本当に売れっ子モデルさんだったんだ
秋音はキッチンに戻ろうとする宇宙を呼び止める。
何かしちゃったのかなと思い、宇宙は「は、はい?」と振り返ると、秋音はジッと宇宙の顔色を窺っていた。凝視されてちょっと恥ずかしい。
「あ、あの?」
「宇宙さんって可愛い顔をしていますね。まるで女の子のようです」
「グハッ!」
心臓が抉られた気分になる。
胸に突き刺さった楔を抜きたくてもなかなか抜けず、急に気分を悪くした宇宙に対して秋音は「大丈夫ですか?」と心配する。
「だ、大丈夫です。ううっ……一番言われたくない一言が直接飛んできた」
宇宙は精神的ダメージを受ける。
しかしながら秋音からしてみれば何が何だか分かっていないようで、先に地雷を説明していなかった自分に非があると諦める。
「秋音さん、傷付いているみたいですよ」
「すみません、デリカシーがありませんでしたね。ですが本当に可愛いですよ、髪をもう少し下ろせば、内の雑誌でも十分上位に食い込めますが……如何しますか?」
「え、遠慮します。って、さっきの話って全部本当だったんですか?」
「はい。こんなことで嘘を付く必要もありませんよね?」
秋音は真っ当なことを言った。その直後、未だに信じ切れていない宇宙に対して秋音が何かをし始める。
ガサゴソと証拠として鞄の中から何か取り出した。
「コレが証拠です」
「えーっと、あれ? 表紙の女の人って……幽剣?」
秋音が渡した雑誌の表紙には幽剣の姿が映っていた。
可愛いというよりもカッコいい。
黒を基調したモダン系のファションをクールに着こなしていた。スリムな体系と相まって、写真写りは最高に良かった。
とは言え感想はそのくらいで、他に出てくる言葉はない。
「えーっと、本当だったんですね?」
「意外ですね。驚かれないんですか?」
「は、はい。気に放っていたんですけど、疑っていたわけじゃなくて、しかも、その、えーっと……まあ、はい」
これ以上言葉を加えると幽剣に怒られると直感する。
予め幽剣の逆鱗に触れないように自分で身をよじって躱すと、「ふん」とプイッと顔を背けられてしまう。
「もういいわよね?」
「あっ……ちょっと待って」
キッチンの奥から潤夏が出てきた。
雑誌を持ってくると、秋音と幽剣の前に置いた。
「丁度良いタイミングだから、サイン貰えるかな?」
「潤夏姉。もしかしてファンだったの?」
「うーん、ファンって言うのかな? 宇宙君に似合うかもなーって思って買ってたり、秋音が監修しているってことで買ってみた感じかな?」
潤夏は渋い表情を浮かべる。
宇宙は躱す言葉を失ってしまい、秋音がペンを取り出したタイミングで再び視線が戻った。
「か、書くんですか?」
「親友なので本当は必要無いんでしょうが……はい、これで大丈夫ですね?」
「ありがとう秋音。幽剣ちゃんは?」
「……私も書くんですか?」
幽剣はムッとした表情を浮かべる。
秋音が「お願いできませんか?」と尋ねるもやっぱり嫌そうだった。
「サイン何て本意じゃないのよね」
「な、何でこっち見るの?」
だけどチラッと宇宙に委ねる様に視線を配る。
何と言ったらいいのか分からなくて、宇宙は「うーん」と唸る。
心の中がモヤモヤしてしまい、出てきた言葉は答えになっていなかった。
「幽剣の好きなようにしたらいいんじゃない……かな?」
「何それ?」
「ご、ごめんね。その、えっと、僕は欲しいかな?」
「えっ? 私のサインが欲しいの?」
「う、うーん、別に絶対じゃないけど、その……幽剣のサインが見てみたいなって。ダメかな?」
宇宙はただたどしかった。
まるで自分が無いみたいだけど、精一杯意思を伝えた。
(流石にこれじゃあ伝わらないよね……)
宇宙は一人心が萎む。
すると幽剣は何を思ったのか、「はぁ」と溜息を一つ吐く。もしかしたら嫌われちゃったのかもと、「うわぁーん」と心が悲鳴を上げた。
だけど——
「あ、あれ?」
サラサラと厚くてツルツルする紙の上をペンが撫でる。
宇宙は顔を上げると、幽剣がサインペンを使って雑誌にサインを書いていた。
その様子を見ていた秋音は目を奪われて、「珍しい」と口籠る。
「はい」
「あ、ありがとう幽剣ちゃん。早速ラッピングして飾らないとね」
潤夏は大事そうに抱えた。
キッチンの方に挑異で戻り、埃が掛からないように気を付ける。
駆ける後姿を宇宙は見守ると、秋音は幽剣に尋ねた。
「珍しいですね。幽剣さんが自分からサインを書くなんて」
「……」
「何かあるのですか?」
「別に何もありませんよ」
幽剣はチラッと視線を宇宙に向けた。
もしかしたらファンサービスってやつかもと思い、宇宙はゴクリと喉を鳴らした。
「あ、ありがとう幽剣」
「……如何致しまして」
プイッと首を逸らして壁の方を向いた。
頬杖を付きながら水の入ったコップに指を絡ませて一気に飲み干す。
本当に珍しい姿を何度も見た秋音は「本当に珍しいですね」と口走るのだった。
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