第39話 幽剣と休日に会うなんて
ハニートーストが焼き上がるのを宇宙はじっくり待っていた。
その間に潤夏に宇宙は尋ねてみる。
「潤夏姉。予約なんて珍しいよね」
「確かにそうね。うちは予約なんてしなくても人が居ないから」
「そんなこと……ないよ」
確かにお店はまだ開店前なので人は居ない。
けれどランチやディナーの時以外は、ほとんど客足が無かった。
それもそのはず、潤夏の料理の味は評価されているのに、喫茶店らしいコーヒーやカフェオレの味があまり知られていないのだ。
「宇宙君、コーヒーでも飲み?」
「う、うん」
流石に暇なのでハンドミルを取り出していた。
コーヒー豆を砕く音が心地よく耳に馴染む。
「今からサイフォンでコーヒーを淹れるの?」
「いいえ。これは次のお客様用。私達の飲む分はもう淹れてあるからね」
サイフォンの中にはブラックコーヒーが既に淹れられていた。
ポタポタと一滴ずつ垂れていて、濃度がかなり濃かった。
普通に飲んだら多分苦いだろうなと思いつつも、それが良かった。
苦みの中に仄かな甘みがある。この年でコーヒーを飲み過ぎたせいもあり、宇宙はコーヒーの奥深さまでは分からないが、少なくとも味わいを知っていた。
「そうだ、宇宙君」
「な、何?」
「このロイヤルハニー、少し貰っても良いかな?」
「えっ? う、うん。良いよ?」
宇宙は何に使うのかと思いつつも快く返答した。
潤夏は「ありがとう」と感謝し、瓶の中に移す。
少し温めてとろみをアップさせていた。
「もしかして予約しているお客様の?」
「そうよ。ちょっと大変な仕事をしているから」
「大変な仕事?」
「うーん。マルチって言うのかな?」
もしかしてマルチ商法!?
多分そんなことないと思うけど、宇宙は下手に身構える。
「そんな怪しい商売じゃないわよ。ただ少し大変なだけ」
「す、少し大変?」
「ええ。そろそろ来ると思うけど……」
宇宙が首を捻ると、カランカラーン! と鈴の音が鳴った。
ガチャと扉が開く音もしたので誰か来たんだ。宇宙は速やかに理解すると、入り口を入ってすぐのところに背の高い綺麗な女性がいた。
「もしかして店員さん?」
「あっ、は、はい。えっと、ご予約の?」
「ええ、そうよ。潤夏は居る?」
「う、潤夏姉は……こっちです」
宇宙は指を指す。するとキッチンから潤夏がやってきて、お店に入って来た予約のお客様を見てにんまり笑顔を見せる。
ゆっくりと近づくと、お互いに「イェーイ!」とハイタッチをする。
「な、何?」
宇宙は突然の交流に瞬きをする。
流石にこんなアクティブかと思うと、宇宙では間に入れない。
「久しぶりね潤夏」
「秋音も久しぶり。二年くらい?」
「そうね、二年くらいかも。うーん、相変わらず料理が上手なのね」
「まあね。あっ、宇宙君」
「は、はい!」
宇宙は急に名前を呼ばれたので変に高い声が出る。
すると潤夏は入って来たお客様を紹介してくれる。
とてもフラットな関係なのでもしかしなくてもそうだ。
「紹介するわね。こっちは私の高校、大学の友達で、同じくダンジョン探索者」
「ダンジョン探索者?」
ダンジョンに入る人の名前だ。
探索者何て呼ばれ方をするが、宇宙にとってはダンジョン配信者の方が覚えやすかった。
だけどこの際どっちでもいいので、探索者で話を進める。
「初めまして、ご紹介に預かった
「ちなみに自分で作った衣装を自分で着こなす現役モデルなのよ」
「そ、そう何だ」
全然興味が無いから知らなかった。
何だか凄そうで、宇宙は話に乗り切れはしないものの、言葉だけで凄い人だと理解した。
「あっ、えっと、早乙女宇宙です。潤夏姉さんとは従姉妹で……」
「と言うことは冬美とも?」
「は、はい」
たどたどしい返事をしてしまった。だって世界的に活躍しているなんて聞いたら言葉を失っちゃう。
しかも秋音は凄くスタイルが良くてモデルなのは納得できる。
そんな人と知り合いなのが凄いなと、潤夏のこともチラチラ視線に入った。だけどそれ以上でもそれ以下でもない。
「そう言えば秋音。今日も一人なの?」
「いいえ。今日は少し違いますよ」
「違うって……ははぁーん、彼氏でもできたのね」
「違うわよ。こほん。私は今、若い子のモデルマネジメントをしているのよ。今日はその打ち合わせためにこのお店を使わせてもらったの」
「そうだったのね。それじゃあもうすぐ?」
「ええ。多分もう少しして楽ると思うけど」
時計をチラチラ確認していた。
モデルの打ち合わせって何をするんだろうと、話しのネタになりそうなので宇宙は気になる。
「それって……」
一体誰だろう? 宇宙はあまり気にする話でもないのに気になった。
すると扉が開いた。カランカラーンと鈴の音が響くと扉がガチャっと開く。
「あっ、来たみたいね」
秋音が振り返った。
すると綺麗な銀色の髪がたなびいて、宇宙は効いたことのある声が聞こえた。
「秋音さん、このお店で会っていますよね? 外は準備中の札が……えっ?」
「あ、あれ?」
顔を見てお互いに固まった。
そこに居たのは幽剣で、どちらも「何でここに?」と言いたそうな表情を浮かべていた。
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