第36話 一人で練習するのも大事

 土曜日の午前中、宇宙はある場所に来ていた。

 そこは森の中で、宇宙以外周りには誰も居なかった。


「調べてみたけど……ハイキングコースみたい」


 宇宙はしっかりと調べた上でこの森にやって来た。

 だけどネットで見た画像以上に人気は無く、おまけに木々の葉っぱもかなり少なかった。

 そのせいで日光がほぼ直射状態で、土が乾ききっていた。


「しかも暑いよ……えっと、二十五度?」


 流石にちょっと暑かった。

 五月は年間を通しても暑いのは知っていて、はえが非常に多くなる月でもあった。

 だから五月蠅いって書くらしいんだけど、宇宙からしてみたら知ったことではなかった。


「そんなことより練習だよね。えーっと、少し広いところに行こうかな」


 宇宙がこの森=ダンジョンにやって来たのははっきりとした目的があった。

 その目的を果たすためにも、整備された道の上は止めて、少しだけ森の中に足を踏み入れた。のだが、この間の陽喰の森とは大幅に異なっていて、もの凄く歩きやすかった。

 流石は超が付く程レベルの低いイージーダンジョンと言えた。


「やっぱり何も無いからみんな来ないのかな?」


 宇宙は市役所でも少しだけ情報を聞いていた。

 「練習する場所ってありますか?」と聞いたところ、この場所を教えて貰った。

 誰にも迷惑を掛けなくて済むし、危険も最小らしいからだ。


「えーっと、この辺りで良いかな?」


 宇宙は開けた場所にやって来た。

 周りには木々などは無く、地面も固くてしっかりと踏み込めそうだった。


「えーっと、えっと、確か手を叩くのがトリガーなんだよね。そらぁ!」


 すると手のひらに能力が発言した。

 右手は炎が宿って真っ赤に染まり、左手は神々しい月の息吹を受けて白く染まった。


「凄い。改めてみたら、本当に燃えているんだ。しかも熱くない?」


 まずはヘリオスから貰った能力を試してみた。

 炎が飛ばせたりしたら面白いと思いつつ、空目掛けて拳を突き出した。


「えーっと、行って来いーい! あれ?」


 何も起きなかった。炎は右手に灯ったままで、一切空に飛んで行かなかった。

 頭の中でイメージはできていたし、珍しく腹から声を出していた。

 だけど何も起きなかったので、もの凄く恥ずかしくて、顔が真っ赤になっていた。炎が顔に移ったみたいだ。


「ううっ……恥ずかしい。誰にも聞かれてなくて良かったよぉ」


 心臓がバクバク鳴っていた。

 深呼吸をして体の中の二酸化炭素を体の外側に排出した。


「はぁ……ふぅ……はぁー……ふぅ。よーし、良し。でも、炎飛ばないんだ」


 思っていた能力と違っていた。新しい発見だけど、もしかしたらヘリオスなら飛ばせたのかもと宇宙は遠回しに考えた。

 だけどまだはっきりしたことは分からないので、今度は左手のセレスから貰った能力を使ってみた。


「左手は如何やって使ったらいいのかな? 回復には使えるみたいだけど、実際よく分からないんだよね」


 左手には月の光が宿っているみたいに柔らかい感触があった。

 手のひらを前に突き出してみても何も起きず、粒子状の細かい光が迸るだけだった。

 舞い落ちる木の葉に触れてはみたが、粒子の力で変化がある訳でもなく。葉っぱは地面にひらりと落ちてしまった。


「あ、あれ? 何にも起きないの?」


 使い道が全然分からなかった。

 宇宙は難解なパズルでも解いている気分になり、手当たり次第にやってみようにも、何に効果が合うのか分からなかった。要は正解があるのか無いのか、さっぱりのちんぷんかんぷんだった。


「炎が近接攻撃何だよね? ってことは光が遠距離攻撃だったりして……って、物体を透過しちゃったよね?」


 葉っぱは物体だ。光の粒子が触れても何も変化が起きなかった。

 如何してかなと思いつつ、一旦水を飲んで落ち着くことにした。


 リュックサックのホルダーからペットボトルを取り出した。

 キャップを外して中身の水を飲もうとすると、押し込み過ぎて溢れてしまった。


「うがっ!?」


 ついつい口の中から零れてしまった。

 その瞬間だったが、急に左手の光が迸り、零れ落ちていく水を全て受け止めた。


「ええっ!? え?」


 宇宙は驚きすぎて言葉を失った。

 瞬きを何度もすると、光りが水を受け止めている現実を目の当たりにした。

 先程までは固体であるはずの葉っぱはすり抜けて透過したはずなのに、今度は液体の水を受け止めた。これだけで宇宙はある仮説を立てた。


「も、もしかして物体の中でも固体だけ触れられないの? 細胞には回復効果を与えられるのに……ええっ?」


 宇宙はまたしても言葉を失った。

 だけどその仮説が正しいのなら気体は如何なのか気になって、口から思いっきり息を吐くと、二酸化炭素を吸収しておっきな風船みたいに膨れ上がった。

 その姿を見て、流石の宇宙も確信した。


「や、やっぱり固体だけ触れられないんだ……戦えないよ、それじゃあ」


 命を守るような能力ではなかった。

 宇宙は肩をがっくし落としたものの、きっといい使い道があるとも思っていた。


 とりあえず成果として能力の概要ははっきりした。

 宇宙は森の中でもう少しだけ練習を続けたのだった。

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