第32話 今日も雑談配信やってみるよ

 碧衣ソラはキーボードをカタカタと警戒に叩いていた。

 ブラインドタッチはお手の物で、一瞬のうちに準備を終えてしまった。


「みんなこんばんは。そしてこんにちは。集まってくれてありがとうございます」


 ソラは丁寧な入りをした。

 今日はお絵かき配信のついでにいつもみたく雑談を織り交ぜることにしていた。


 時刻は夜も二十二時。

 明日も学校なので一時間の配信で終わる予定だった。


 だけど今日の視聴者の集まりはいつもとは違っていた。

 少ないのではなく、いつも以上に多くてびっくりしたのだ。


「うわぁ凄い。今日は5,000人もいる。みんなりがと」


 いつもなら千人いたら嬉しかった。だけど今日はその五倍だった。

 もしかしたら顔出し効果があったのかもと思いつつも、コメントを見る勇気がなかった。

 だけど見ないことにはコミュニケーションが取れないので、ソラは恐る恐る視線の端に留めた。


“こんばんはですソラさん。今日は何を描くんですか?”


 いつも来てくれる人だった。

 ソラはいつメンのコメントに安心して、心の底から不安を吐き出して安堵していた。


「こんばんはです。そうだなー。それじゃあ適当にお題を貰えるかな? 早いもの順ね。えーっと……うわぁ、凄いな」


 ソラはびっくりしてしまった。

 いつもはお題を提案されるまで少し間が空くのに、今日はよーいどんだった。


“盗賊の女の子”


“ごつい系の武器商人”


“天使とかどうです? 悪魔と天使のハーフ的な?”


“継ぎ接ぎ人間”


“馬鹿デカい人型スライム”


“モデルさんみたいな人”


 お題がてんやわんやしていた。

 しかしソラが目を付けたのは何故か一番目を惹いてしまった意外なお題だった。


「モデルさんみたいな人はモデルさんじゃないのかな? でもいいや。それじゃあ今日はそれを……二十分で描くよ」


 ソラは宣言した。もちろん軽率な発言ではなく、ソラならできた。

 頭の中でイメージを膨らませてみた。

 するとクラスメイトの顔が浮かんだ。後ろ姿が如何しても頭から離れなかった。


「うーん。勝手に描くのはマズいかな?」


 とは言いつつも手が勝手に動いていた。

 ほぼ下書き無しでスーパー高等テクニックの連発を披露していた。


「はい、サラサラサラサラ……この間に配色を考えよっと」


 左手でタブレットを操作していた。

 表示されたカラーパレットの中から色を変更して、彩度も変えていた。

 あまりの速さにやけくそのようだけど、右手では綺麗に絵を描いていた。目の部分は念入りで、真剣に魂を込めていく。


“速い!”


“やっぱりスピーディーっすね”


「えへへ、ありがとうみんな。でもみんなはゆっくり丁寧に描きたいものを描いた方が良いよ」


 完全に上から目線だったが、ソラは完全に分かっていなかった。

 それぐらい好調で、その軽快さにコメントに投げ銭付きが投下された。


“ソラさん質問です。この間助けた人はもう出ないんですか? このイラストのモデルって、その人ですよね? 何か進展があったんですか?”(10,000円)


 もの凄くナイーブな質問だった。

 だけど高額すぎて流石にスルーもできなかった。


「うーん。別に何ともないかな?」


 ソラはよくよく考えていた。確かに姿は見るけれど話をすることはなかった。

 だから進展が無いと言えば無く、そもそも進展と言うのは恋愛的なことに使った方が華があった。

 とは言えソラのこの感情は恋愛ではなかった。それだけは百パーセント言えることで、むしろ嫌われているのではとオドオドしていた。


「でも気になるんだよね。如何してかな?」


 逆に聞いてみた。

 するとコメントでは“恋なのでは?”と絶対にありえない解答ばかりが寄せられた。


「それだけは無いって言えるんだよね。だって恋なんてしたことないし、普通に綺麗な人だなーって思うだけ」


 そう答えると、“ストーカーでは?”と言われてしまった。

 流石にそれはもっとないので否定しておいた。


「うーん。難しいよね。みんなは如何する?」


“如何するって言われても……”


“知らん”


“このチャンネルの人に聞く悩みすか?”


“経験ある人―……いないね”


 何だか悪いことをした気分になった。

 ソラは「ごめんね」と口走って、自分から負け宣言した。


「それと完成したよ。如何かな?」


 ソラは完成したイラストに意見を貰った。

 するとちょっと長めのコメントがあったので目を引いた。


“本当にこの間の人をモデルにしたんですね。後ろ姿がなんかそそります。おまけに髪の艶とか人を冷めた目で見る感じとか何だか私怨を感じるんですけど気のせいですか? 個人的にはもの凄く良いです”


 別に私怨は無かった。だけどそんな風に見えてしまったようだ。

 ソラは首を捻ってしまった。

 もう少し柔らかい感じで描いてみても良いかなと頭の中で構成を考えていた。


「ってもうこんな時間だ。今日の配信はここまでにします。また次回、じゃあね」


 ソラは時計をチラッと見た。

 時間的に押していたのでその流れで配信を切ってしまった。

 まだ時間はあったのにと気が付いたのは配信が終わってからだが、宇宙はそのことで頭を抱えてしまっていた。

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