第15話 女の子の体になっていた件

 死ぬかと思った。

 ソラはスライムから逃げて来た。


 とにかく闇雲に走った。

 スライムがしつこく攻撃してきたので、目印を付ける暇もなく逃げてしまった。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


 息遣いが荒くなった。

 額や顳顬こめかみから薄ら汗が滴っていた。


(な、何で……はぁ)


 ソラは別に運動が得意なわけでも苦手なわけでもなかった。

 けれどそれなりに動ける方ではあるので、この程度で根を上げることは本来なかった。


 しかし今日はいつもと勝手が違った。

 薬の副作用がまだ出ているのか、何故か体が重たかった。


 まるで自分が自分で無いみたいだった。

 吐き気などは特に無いが、全身が気怠くもなかった。


 とは言え全身が重たかった。

 高熱にうなされている節もなく、ソラの思考回路は困惑していた。


「な、何で体が重いんだろ……ううっ、もしかして良くない所に攻撃が入ったのかな?」


 ソラはお腹を押さえた。

 すると変な感触を腕が感じた。


 もちろんお腹には何も違和感はなかった。

 筋肉が少し付いているので硬いのだが、ちょっぴりぷにっとした。


 けれど何よりも気になったのは腕に触れた感触だ。

 大きくはないものの、確実に突起物に触れた。

 しかももの凄く柔らかい感触だった。


「えっ、あ、あれ?」


 ソラは困惑していた。

 余計に頭が回らなくなり、目眩を起こしそうになった。


“大丈夫ですか!?”


“何があったんです?”


“画角が変わってません”


“息遣い可愛い”


“女の子みたいですよねソラさんって”


 いやまさにそのコメントが実際になっていた。

 色々あって確認したのだが、ソラは自分の身に起きたことを受け入れられなかった。


「如何なってるの、これ?」


 こんな事例聞いたことがなかった。

 ソラは少しだけ調べたものの、ダンジョンに来てこんな人が居たことなどなかったはずだ。


 しかし初めてのことだって無くはなかった。

 でも信じたくない、受け入れたくないと脳が訴えた。


 ソラの体は……


「如何して女の子になってるの?」


 ソラは瞬きをすることすらは忘れてしまった。

 頭の中がパニックのあまりショートして、しばしの頭沈黙が流れた。


 けれどソラの動きが挙動不審だったため、たくさんの視聴者が気になった。

 ソラもソラで何が起きているのか分からず、言葉をぎこちなく紡いだ。


「えーっと、何故か体が女の子になってしまったのですが……如何してか分かりませんか?」


 自分でも何を言っているのか、理解が追いつかなかった。

 するとコメント欄は焦り始め、“ん?”とたくさん流れた。


「で、ですよねー。分からないですよねー。あ、あ、あ、あああ、如何しよう! えっ、もしかしてこのままじゃないよね!? 困るよ。そんなの困るって、如何しよう……訴えた方が、じゃ無くてできないんだ!」


 誓約書を書いたことを思い出した。

 ソラは動揺が止まらなくなり、全身から汗が噴き出していた。


 頭を抑えて髪をわしゃわしゃした。

 もう何が如何なっているのか分からないが、とりあえずこの状況を見た視聴者は面白がっていた。


“TS?”


“ダンジョンってそんな効果もあるんだ”


“的な能力じゃない?”


“特殊体質的なやつ?”


“とにかく落ち着こう!”


“何か面白い”(2000円)


「こんなことで投げ銭しないでほしいな! あー、もう。顔も声も変わらないのにどうして体付きだけ? もう、これじゃ本当に……はぁ」


 大きな溜息を吐いてしまった。

 頭の中で考えるのももう無理だと悟り、コメント欄を見てみると解決策に繋がりそうな物があった。


「能力?」


 ソラは未だに自分の能力に付いてよく分かっていなかった。

 能力は自分だけは何となく、感覚的に理解しているはずだ。


 ソラも能力は自覚していた。

 しかし何も起きず、ただ体付きが変化しただけに留まっていた。


 そんな役に立たない能力なのだろうか?

 ソラは必死に考えてもう一度能力を行使してみたが、何も変わらなかった。


「やっぱり戻らない……はぁ」


 溜息しか出なかった。

 一縷の望みも潰えた瞬間だった。


“とりあえず洞窟の方に行ったら如何ですか?”(500円)


 急に変なコメントが流れた。

 しかしソラの視線が釘付けになり、このまま茫然たしていても仕方なかった。


 ソラはごくりと喉を鳴らした。

 自分の胸を触ってみると、やっぱり膨らみがあった。


 このまま帰るわけにもいかなかった。

 もしかしたらダンジョンの外に出れば戻るかもしれないが、そうでない時の絶望を少しでも和らげるため、もう少しだけダンジョンを散策してみることにした。


「そ、そうだよね。洞窟は確か……覚えてる」


 薄らと記憶にあった。

 看板に載っていた地図を頭の中で広げると、ソラはゆっくり立ち上がった。


 目印は付けていなかったが、空を見上げた。

 何となく太陽の方向から目的地の場所を予測した。


「こっちかな?」


 しかし覇気はまるでなかった。

 そんなソラを面白がる人もいなければば批判的なことを言う人もいなかった。

 むしろ心配してくれていた。


“大丈夫ですか?”


“元気出しましょ!”


“ソラさん可愛いですよ。やっぱり最高です!”


 ソラは凄く気にしていた。

 コメントの中にはソラのことを褒める人がいた。


 しかしもの凄く気にしてしまった。

 褒められているはずが考えすぎてしまうので、ソラは素直に喜べなかった。


 何故ならソラはネガティブだった。

 褒められていることも全部見た目だったので、こう思ってしまった。


「やっぱりビジュアルなのかな?」


 ソラは気にしてしまった。

 もの凄く心が落ち込んだが、気にしても仕方ないとは思っているので、心は傷付いていなかった。

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