第9話 市役所で飲み薬を飲むことになるとは思わない。

 宇宙は職員の女性から温かい激励を送られた。

 如何してここまで喜ばれるのかさっぱり分からなかったが、今更聞かないのもアレなので、聞いてみることにした。


「あ、あの、何でそんなに喜んでいるんですか?」

「えっ!? あっ、し、失礼いたしました。まだ完全に合格ではありませんでしたね……」

「はい?」


 宇宙は首を捻った。

 この人は何を言っているのか、いまいち理解できなかったのだ。


 しかし宇宙は決して勘が鈍い訳ではなかった。

 単に職員の女性がニヤニヤしていたので、気持ちが悪かったのだ。


 まずはその笑いを止めて欲しかった。

 すると笑っていることに気が付いたのか、「あっ!」と声を上げた。


「すみません。ちょっと興奮してしまって」

「あ、あはは……そうみたいですね?」

「実はですね、蛍市で探索者になられる方はとても珍しいんです。しかもほとんど歳は同じなんで……あっ、これ言っちゃ駄目だった!」


 宇宙は考えを改めることにした。

 この人は変な人なんかじゃなかった。

 すっごくテンションが高い、空回るタイプの面白い人だ。


「取り乱してしまいましたね。ですがとりあえず合格のようですので、こちらを如何ぞ」


 職員の女性は宇宙に助剤を差し出した。

 急に出てきた薬に宇宙はドン引きした。


「あ、あのコレは?」

「驚かれるのも無理はないですよね。ですがこちらのくすりを服用していただかないことには、ダンジョンに入ることはできません」


 そう言えばネットでもそんなことが書いてあった。

 詳しいことは情報の秘匿によって表には出ていなかったが、この薬の色合いが凄く……飲みたくなかった。


「飲まないと駄目ですか?」

「飲まないと駄目ですよ」


 職員の女性は平然としていた。

 宇宙は少し気になったことがあるので、個人情報にはなるが聞いてみた。


「職員さんは飲んだことがあるんですか?」

「もちろんありますよ」


 予想と違っていた。

 この手の薬は飲まないものかと思っていたが、人差し指を立てて元気良く話した。


「ダンジョン調査課の人達は、皆この薬を飲んだことがある人なんです。おまけにダンジョンにも度々訪れているんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。この薬はダンジョンに・・・・・・入るための・・・・・通過儀礼・・・・に当たるものです」


 まさかここが本当の通過儀礼だとは思ってもみなかった。

 しかしそこまで言われると、宇宙は飲まざるを得なくなった。


 ここで飲まずに帰るとなると、次来た時が気まずくなる。

 自信の無い宇宙にはそれが耐え難かった。


 しかもここまで期待されてるとなれば尚のことだ。

 キラキラと目を輝かせているので、宇宙は震える指で薬を握った。


「ちなみに水とかは?」

「水無しで飲めますよ。胃酸でスッと溶けますから安心してください」


 そうは言われても抵抗があった。

 しかし宇宙は勇気を出して口の中に放り込んだ。


 ゴクリと喉を詰まらせかけたが何とか飲み込んだ。

 目を見開いて咳き込みそうになったが、意外にスッと飲み込めた。


 頭の中ではゲホッゲホッと咳き込んでいた。

 しかし実際は違ったので安心した。


「うっ、こ、これで良いんですか?」

「はい問題ありませんよ……今のところは」

「はい!?」


 含みのある言い回しに宇宙は絶句した。

 もしかしたら本当にヤバめの薬だったのかもしれないと、飲んでから後悔した。


「あ、あの!」

「ああ、一応適合率は高いので安心してください。それに誓約書を書いているので……ねぇ?」

「うっ、ちなみにこの薬ってどんな効果があるんですか?」


 宇宙はオドオドしながらも勇気を出して聞いてみた。

 辿々しかったが、職員は教えてくれた。


「あの薬は適合率が低い方・・・・・・・にはお出しできない・・・・・・・・・代物です・・・・

「はい?」

「成功率二割と言われている代物で、安全確保のために血液検査による成分分析をするわけです」

「それって……」

「ちなみに八割の方は身体的に何かしらの影響が出る方や精神が不安定になる方もいますよ。もちろん死者も……って、知らなくても良いことでしたね」


(ふざけないでよ!)


 宇宙は心の中で唱えていた。

 凄く怖くなってきた。本当に飲んで大丈夫だったのか心配なる一方、ちょっとだけ自信も付いた。気がした。


 けれどこの薬の影響で死んだ人もいるとは思いたくなかった。

 そんな臨床実験を国が行っていることが信じられなかった。


 世界中でダンジョンができていて、その勢いは止まることを知らない。

 自然災害大国の日本ではその影響が他国よりも大きいことは分かっていた。


 戦車でもミサイルでもそれこそ核でさえ効かない相手だ。

 必死になるのは無理もないが、元を辿ればこの薬は如何やって作られたのかさえ疑わしいのだ。


「ちなみに大丈夫系ですか?」

「多分ですけど」

「えっ……」


 宇宙の顔色が次第に悪くなった。

 消失感に襲われて、顔色が青くなった。


 それを見兼ねてか、それとも冗談半分だったのから、テンションがハイな職員は手をあわあわさせた。


「大丈夫ですよ。ダンジョンでは死にませんし、それにダンジョンから出て来た異世界人さんがこの世界の科学者と総力を決して作った薬なんですよ!」

「は、はい?」

「だから大丈夫ですよ。ねっ、はい。と言うわけで貴方は今日からダンジョン探索者です。頑張ってくださいね。何かあればダンジョン調査課に連絡をください。コレ、支給品の武器です。ダンジョン内限定でのみ効力を発揮しますが、問題ありませんよね? それではお気を付けて」


 流れるような勢いだった。

 宇宙は完全に置いてけぼりを食らった。


 これはもっと調べる必要があった。

 だけど今はそんな気すら起こらなかった。


 てんやわんやで頭の回転が止まっていた。

 とりあえず家に帰ってのんびりしようと心に決めた。

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