第8話 血液検査の結果は合格?

 宇宙はペンをクルクル回していた。

 ついいつもの癖が出てしまっていたが、誰も見ていないので気にしなかった。


 そもそも市役所の中には誰もいなかった。

 平日しかやっていないのが基本なのだが、市役所なんてそうそう人が集まることもなかった。


 宇宙は完全にあぶれていた。

 そんな気持ちを振り払うように、とにかく誓約書を書くしかなかった。


「まあ仕方ないよね。書くしかないもんね」


 宇宙はもう割り切ることにした。

 余計な事を考えて、頭が痛くなるのはごめんだった。


 サラサラと紙の上をペンが走った。

 誓約書には氏名や生年月日、さらにはハンコの代わりに指紋でサインを入れた。


「ハンコじゃなくて良かった」


 流石に学校から直接ここに来たので、ハンコなんて持ち合わせていなかった。

 とりあえず書き終えた宇宙は見落としが無いか確認をすると、早速提出しに向かった。


 そこに職員の女性はいなかった。

 代わりに、『御用のある方は呼び鈴を押してください』と書かれた立て札が置かれていた。


「ここに経費を使うんだ……」


 宇宙は全く違う視点から思うところがあった。

 ダンジョン調査課をそんなにたくさんの人が利用していると思わないので、担当の人が常に居ないのも無理はなかった。


「押せば良いのかな?」


 宇宙は銀色の呼び鈴を鳴らした。

 チリーン! と甲高い音を奏でると、すぐさまさっきの職員がやって来た。


「はい、書けましたか?」

「えっと、はい」


 宇宙はぎこちない表情を浮かべていた。

 誓約書を手渡し、職員の女性はニコニコ笑顔で受け取った。


(これ、最初から待ってれば良かったのでは?)


 宇宙は職員の女性にそう思ってしまった。

 あまりに早すぎる動きに宇宙は口が閉じなかった。


 しかも呼び鈴を鳴らして五秒も経っていなかった。

 「待ってました!」と心の中で叫んでいる姿が、容易に想像できてしまった。


「お預かり致しますね。……はい、特に問題はありませんね。それでは学生証などのような証明証はお持ちですか?」

「学生証で良いですか?」

「問題ありませんよ。……はい、ではこれより検査をさせていただきますね」

「検査?」


 宇宙は身構えてしまった。

 首を捻り、何を検査するのか気になった。


 すると職員の女性は小さな採血キットを用意した。

 親指の平に針を刺し血を採取するものだった。


「あ、あのコレは?」

「そちらは採血用の注射針です」

「それは分かるんですけど……何故?」

「何故と言われましても……まあ色々ですね」


 怖かった。無性に怖くなって来て、顔色が青ざめた。

 しかし今更引き返すこともできなかった。

 ここまでやって帰るのもアレだった。


「それじゃあ……痛っ!」


 宇宙は当然だけど慣れていなかった。

 普通に痛いし怖かったけど、自分の血が注射針を通してほんの少しだけ採取された。


 親指に小さな穴が空いた。

 絆創膏を貰い止血をすると、注射針の容器が赤くなっていた。


「それでは検査させていただきますね。こちらの番号札をお持ちの上、少々お待ちください」


 職員の女性は笑みを浮かべていた。

 漫画のネタなら、ここから殺される未来が浮かんだ。それぐらい不気味だった。


「まあ、まあそれは無いと思うけど……ううっ、痛い」


 宇宙は指を押さえていた。

 想像以上に痛かったのだ。

 薄らと涙を浮かべてしまったが、如何やら針を思いっきり突き刺してしまっていた。


 完全に自業自得だった。

 とは言え検査の結果次第では、何が言いつけられるか分からなかった。


 噂だと全員が検査を受けてもダンジョンに入るための許可証が貰えるわけではなかった。

 ダンジョンに入るための通過儀礼が、この検査にあった。


「それにしても血液検査が通過儀礼って……本当、結構ヤバめなのでは?」


 宇宙は一人妄想を膨らませた。

 それが結構楽しくて仕方なかった。


 本当一人だとこれだけやることがなかった。

 とは言え、宇宙は友達も少ないので仕方がなかった。


「今度ゲーム配信でもしようかな」


 宇宙はお絵描き以外にもやってみようと思った。

 基本的には顔出しNGでは無いのだが、あまり自信がなかった。

 だって女の子みたいな顔立ちだと、逆に変に思われるのではないかと心配だったのだ。


「そうだ。もしもダンジョンに行けたら、配信してみよう。分母も少ないからちょっとは観てもらえるかも……とは言え、どっちでもいいんだけどね」


 別に人気になりたいわけではなかったが、面白そうとも思った。

 少しでも自信を付けるためにはこれくらいやってみても良かった。


 などと一人で決め事をしていると、番号札を呼ばれた。


「番号札二十三番の方、どうぞ」

「は、はい」


 如何して二十三番なのかはよく分からなかった。

 多分適当に近くにあった札を渡されたのだと思うことにした。


「それで検査は……」

「それが……」


 まさか落ちたのだろうか?

 そうなればさっきまでの計画が全部パーになってしまう。

 だけど仕方ないと割り切ることにした宇宙だったが、職員の女性がニヤリと笑みを浮かべたのを見て不気味に感じてしまった。


「おめでとうございます! 何と検査の結果はオールクリアです。しかもかなり相性が良いことが発覚いたしました! 本当に貴重な機会に立ち会うことができ、私も鼻が高いです!」


 変にテンションが高かった。

 宇宙は困惑してしまい、あたふたした。


 さっきまでのニヤリ顔はこのための布石だったのか。

 そうなれば脅かさないで欲しいと、宇宙は心拍数が爆上がりしていた。

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