第4話 担当さんのお願いが唐突な件

「それじゃあ今日はここまでです。時間は……そうだね。次は何しようかな? 次回までには考えておきますね。そはじゃあ、またね!」


 ソラはそう言った。

 元々配信を始めたのは高校に入学する時で、それでもちょっとした人気配信者になった。


 登録者は初めて一ヶ月で1.1万人。

 すっごく多くは無いけれど、たくさんの人に観てもらえてソラは嬉しさ半分で緊張半分だった。


「それじゃあまたね。ばいばーい!」


 ソラは内カメラで映しているわけではなく、ましてやVでも無いのでモーションが反映されることはなかった。


 にもかかわらず手を振っていた。

 全く馬鹿な真似をしてしまったと、終わった後に恥ずかしくなった。


「ふぅはぁー。終わったぁ」


 ソラは安堵して息を吐いた。

 ようやく碧井あおいソラから早乙女宇宙に戻ることができた。


 ふと配信を終えてヘッドホンを外してみた。

 髪の毛がピタッとなっていた。


 わしゃわしゃとして元通りにした。

 するとグデーンと顔を突っ伏した。


「上手くできたのかな?」


 宇宙は心配していた。

 とは言え気にしても仕方ないし、楽しかったので良しとした。


 そうしてふと視線を逸らした。

 そこには本棚があり、中にはたくさんの本が収納されていた。


 とは言え半分は漫画だった。

 もちろん好きな漫画家さんのものが多く、中には海外で頑張っている両親が送ってきたものもあった。


 けれど宇宙は不意に顔を赤らめた。

 目線を逸らしていくと、その中に恥ずかしくなる名前があった。



 タイトル:マシュマロ・ホイップ

 著者:碧衣ソラ



 それはソラが描いた漫画の単行本だった。

 一冊税抜六百八十円とちょい割高だった。

 それでもたくさんの人に読んでもらえていて、気恥ずかしかった。宇宙が初めて賞を貰った作品で、今でも隔週で連載中の作品だった。


「僕ももう少し自信が持てれば……はぁー」


 大きな溜息を吐いてしまった。

 すると急にスマホが鳴った。


 驚いて飛び上がると、スマホのディスプレイにはROADを通じて登録している友達から電話が掛かってきた。

 とは言えこの人は友達ではなかった。


なださんからだ。何の用だろう?」


 今週号のデータはもう送っていた。

 もちろん宇宙は予め最終話まで描き切っていた。


 中学時代に約半年近くで描き上げた漫画だった。

 全二百一話構成で、今更描き直す気は全くなかった。


「もしもし。あの、灘さんですか?」


 分かりきったことを聞いてしまった。

 するとスマホのスピーカー越しで灘の声が聞こえた。


「あっソラ先生。夜分遅くに失礼します」


 聞こえたのは灘の声だった。

 ソラのことを気に入って担当になってくれた人だった。


 明るめの声色をしていて、見た目もかなり明るい人だった。

 それこそ宇宙の母親と似た雰囲気があり、宇宙とは全く違うタイプだった。


「大丈夫ですよ。それより珍しいですね。いつもはメッセージだけですよね?」

「そうですね。でも緊急で連絡しておきたいことがありまして」

「はぁ?」


 宇宙は首を捻った。

 すると灘は単刀直入にお願いした。


「ソラ先生。実は連載に付いて何ですけど……」

「あっ、打ち切りですか? やっぱりそうですよね。売れてるなんて嘘で……」

「いえ、むしろその件なんです!」


 灘は対照的だった。

 自信が無い宇宙のことを良く知っているので、煽てるのではなく事実を言い放った。

 無論、良い方向に進んでいた。


「実は今週の巻頭カラー何ですけど、ソラ先生にお願いできませんか?」

「えっ!?」


 灘のお願いはむしろ上々だった。

 対面していないものの、宇宙は真顔になってしまった。


 まさかとは思った。

 一瞬嘘だとチラついた。


 だけど如何やら事実のようで、突然のことに驚きすぎて言葉を失った。

 そんな宇宙だったが、何とか声を絞り出した。

 如何してこのタイミングなのか、凄く気になった。

 確か今週の巻頭カラーは別の作家さんだったはずだ。


「あの、巻頭は確か違う先生がされる話じゃ……」

「実は後回しになってしまって」

「と言いますと?」

「実は、私の伝達ミスで……すみません」


 灘はかなり落ち込んでいた。

 それは当然だ。

 巻頭カラーが無いなんて、隔週号の楽しみが減ってしまうのだ。


(まあ色を付けるくらいなら時間も掛からないけど……良いのかな、僕で?)


 宇宙は悩んでしまった。

 そこで他に巻頭が描ける人は居ないのか尋ねた。


「灘さん。僕以外に描ける人は……」

「居ません!」

「即答ですか」


 まさかの即答されてしまった。

 嬉しいのか嬉しく無いのかよく分からない表情になってしまった。


 しかし灘は宇宙のことを褒めた。

 もちろん頼み込んだ。

 ゴンゴンと頭を打つ音が聞こえた。


「お願いしますソラ先生! 私と本来の巻頭が間に合わなかった先生と担当の補填を……」

「ま、まあ良いですけど……はい」


 宇宙は優しかった。

 それにこれくらいならできそうだと思った。


 すると灘はパッと明るくなった。

 いつもよりもより一層明るくなった。


「それじゃあお願いしますソラ先生!」

「それで締め切りは?」

「は、はい。明日……です」

「……明日? 嘘ですよね。そんなのこの時間からじゃ……」

「お願いします!」


 切られてしまった。

 本当に無責任で無茶苦茶な人だった。


 とは言え了承してしまった。

 宇宙は放心状態になったもののすぐに切り替えて、ペンを握るのだった。

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