第6話 握手だ!

「履歴を消したところであらゆるエロワードはこちらのヒミツデスサーバーに転送され永久に保管されているのだよ。大声で観客全員に知らせた方がいいかな? ヒーローに憧れる少年の特殊性癖をね……」

「やめろっ! 人道的にやったらだめだろそんなこと! 許されない!」

「地下666メートルにあるデスゲーム施設では人権など適応されないのだよ」

「か、解放しろ、約束だろ」

「解放されたいというのならば、解放してあげよう。デスゲーム運営というのは律儀に条件を守るものだからな、だが本当にそれでいいのかな? 解放はするが、その後にわしの指が偶然滑って全世界にアカイくんのヒミツが発信されるかもしれない、果たしてそんなコズミックホラーに耐えられるかな」

「きたないぞ……」


アラマキ博士はアカイの肩に馴れ馴れしく腕を回した。


「それに君、そんな体になってしまってどうするんだ。もうまともな日常生活は送れないぞ」

「それは……」

「地上に戻ればさっきのような暴言を吐く無礼者にも、散々出会うはめになるだろうな、そして君はその辺を歩くだけで主婦にコソコソ話をされ、小学生はサインを貰おうと自宅にピンポンを押しに来る。平穏な日々とは無縁になってしまうなぁ」

「う……」

「だがここでならば謂れのない暴言には暴力で制裁を科すし、警備スタッフの数も万全で医療スタッフは揃いに揃っている、腹を壊してもすぐに投薬だ。かくいうわしも偉い大学を出た医者だ。見ろ、パンフレットの表紙にも載ってる」


アラマキ博士はアカイの頬をパンフレットでぺしぺしと叩いた。


「うぐ、ぐぐぐ」

「ふふふっ、それはそれとして……。君は、ヒーローになれる。言ってる意味がわかるか?」

「わ、わからない」

「過去は捨てられるのだよ、アカイくん。マスクを被れ。ヒーローの正体というのは決して明かされないものなのだ。つまり、きみの検索履歴も闇に葬られる」

「ぐ、ぐおおおお、オレは罪のない人を手に掛けたりせん!」

「おお、そんなことを心配していたのか。君と戦う相手はまっとうな奴等ではない、いわゆる重犯罪者だ、社会のゴミだからな、なーにも恐れる必要はない」

「重犯罪者だけ……か?」

「ああ、我々は人の個人情報を暴き攫うのに長けているからな」

「あが……」

「それに福利厚生もしっかりついてくるしボーナスも沢山出る」

「ちくしょう! やるしかないのか!」


地上ではモラルの急激な低下により重犯罪が多発して大問題になっている。しかしデスゲームで使用される監視カメラは地上にも秘密裏に配備されていて検挙率自体は非常に高い、セブンスヘブンが介入しない限りは。あらゆる物的証拠が残る現在、死刑宣告された犯罪者は収監されることもなくその場で処刑される。就職率も昔と比べて随分と低くなったらしい。アカイが犯罪者を殺すと割と気軽に決めたのにはそういう背景があるのだろう。


無論、だからと言って自警団による私刑が認められたわけではない。面目上は日本は法治国家のままであり、デスゲーム運営が犯罪者の集団であるという事実は変わらない。私もそれに加担しているのだ、寝覚めがけっこう悪い。


「そうだ、さぁこの花束を受け取るのだ」


アカイが顔を歪め渋々ながら水仙の花束を受け取ると、まばらな拍手が起きた。


「では握手だ!!! なぜならヒーローは会場の上に立ち朗らかに握手に応じるものだからだ!!!!」

「ああああああああああ!!!!!」


二人は叩きつけ合うようにして会場の上で強く右手を握り合った。


「仕上げに手を振るのだ、この拍手は君の為に送られているのだからな」


アカイは腕が千切れるような勢いで観客に向け手を振りまくった。するとまばらだった拍手は徐々に大きくなっていき万雷の拍手へと変わって行った。私も拍手に加わっている、運営スタッフによるさりげない共感性の提供だ。


――――――――――――――――


「あなたのサポートをするホウジョウタカネです、どうぞよろしくお願いします、アカイソラさん」


私はベッドに腰かけているアカイに丁寧に頭を下げて挨拶をした。ここは彼に用意された私室で必要な物は大体一通りは揃っている。彼のウルトラハッピー☆ランドの生活を指南するサポート役に私は進んで志願した、地獄に湧いて出たニューヒーローの奪い合いになるのではないかと危惧したが、志願したのは私だけだったからそのまま受理された。


「あんた、迷宮の入口に居た……」

「はい、覚えていてくれましたか」

「オレになん発も銃弾撃ち込んで、迷宮に投げ捨てたいかれ女じゃねーか」

「その節はまことに申し訳ありませんでした、上司の命令には逆らえずに仕方なく」


事前に許可があれば間違いなく命令など無くてもノータイムで射撃していた。あらゆる不測の事態には備えるべき、ではあるが流石にあれは異常事態にも程があったので上司に確認せざるを得なかった。ということを正直に話す必要はない、世の中は嘘と方便で出来ていた。


「そうか、あんたも大変なんだな。かなり若く見えるけど、何歳なんだ俺は十七だけど」

「同じく十七歳です、中学を卒業してすぐにここに来ました。普通のアルバイトかと思ったらデスゲームの運営スタッフの仕事でして、逃げることも出来ずに今もこうして仕事を続けています」

「なんて奴等だ、両親が心配して捜索願いを出してるんじゃないか」

「物心ついた頃から親は居ません、祖母に育てられてその祖母とも仲は良く無かったので家出としか思われてないでしょうね。運営はそういう身元のよくわからない人を探し出すのが得意なので」

「警察はそれでも動いてくれるんじゃ……。あっ、いや警察も」

「そうですね、地上の警察の七割はここの運営スタッフの息がかかっているのて無駄でしょうね。家族を人質に取られてる人もいますしね。それにここの運営の親会社セブンスヘブンは警察以外にもあらゆる企業に手を付けています」

「なんどか聞いたことあるな、確かゲームの会社だったか」

「それだけじゃありませんよ、スポーツ用品、食料加工、建築会社、映像関連、銀行、病院経営、あと下水処理事業もです」

「おいマジかよ、世の中はそんなに終わってたのか。もう征服されてんじゃん」

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