第40話 狭間の住人

「ありゃ、もう一人伸びちまってんじゃねぇかよ。大丈夫か? 死んでねぇよな? 」


 一人の男が屋上の鉄扉を開けた瞬間にそう呟いた。


「あぁ、新島にいじまさん。すみませんこんな処迄」


「いやいや社長、これが俺等の仕事だから気にすんな」


「何だ? 新島、お前一人か? 」


「ええ、だって天城あまぎさんも呼んだって聞いたから、若衆要らんでしょ? あんたが居れば」


 周りの空気が一気によどむ。新たな男の登場に経験の少ない龍神会の若衆はその身をすくめた…… 危険な風をまとって現れた男、まさしく本物……


「三ツ和会の新島だ。知らねえ訳ねぇよな? 名前位聞いた事あんだろ? 」


「―――――!! 」


「すんませんね天城さん、なんか内輪揉めみたいな感じで」


「てってめぇは何処の不良組員なんだよ⁉ 」


「はっ? 天城さんの事言ってんのか? この人は限りなくグレーだが堅気かたぎの人だ、てめぇ等みたいなチンピラは知らなくていいんだよ」


 怒号が闇夜を震わせ礼儀を欠いた言葉を一瞬にして掻き消した―――

 

 光と闇の狭間の住人。不良ヤクザで有り不良ふりょうあらず。堅気かたぎで有り堅気一般人に非ず、のちに半グレと云う名で世間に認知される存在となる人物である。


 不良ふりょうとは、本物のヤクザの総称であり、ヤクザと呼ぶ者は堅気かたぎの者だけで、この業界には存在しない。この世界に足を踏み入れる者は全てが不良品。だから同業同士は不良ふりょうと呼び合う。一種の隠語である。


「大分若ぇな、そんで? 何時から見ヶ〆みかじめ料が上がったって? てめぇらしかして独断か? 神崎の兄弟は知ってんだろうな? おう? 」


「うっ――― 」


「そんなこったろうと思ったぜ…… おめぇら神崎に…… 殺されちまうぞ? 」


 【Club クロノス東京】は三ツ和会と龍神会の二枚看板。二枚看板とはケツ持ちである暴力団が二つ入っている事を示す。ケツ持ちとは、暴力団などの組織が商店等を庇護下に置き、月極つきぎめの対価を得る行為をさす俗語だ。


 商店はケツ持ちを得ることで他の暴力団による恐喝行為から逃れられたり、商店が違法な商いをしている場合はリークした警察の情報を得たりで出来る。


 また商店がケツ持ちを欲する理由としては、商店が違法な商いをしてる為、警察を頼ることが出来ない。水商売などを商っており、客を巻き込めない、しくは表沙汰にしたくない等の理由が有る。


 二つの看板を持つ事は、組により得意分野が異なる場合が有る為、最近は多くなっているが、新興勢力による新たな勢力拡大の足掛かりとされる場合も有る事から、抗争の火種となる場合も有った。


「こずかい稼ぎのつもりだったんだろうが、二枚看板の店を狙ったのが不味かったな、下手すりゃウチと龍神会で戦争だぞ? 分かってんのかてめぇら? 」


「…… 」


「てめぇらの若頭の神崎には黙っててやる。此処は黙って引けや! 俺も盃交わした兄弟と殺り合いたくねぇからな」

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