第38話 勝負の行方

「私も久しぶりに出来の悪い後輩を生んでしまった事を後悔してるわ、相変わらず仕事が出来ないのね、琴音ことねさん」


 琴音が作ったグラスを黒川のコースターに置く……


「何ですってぇ!! こう見えて私は今この店のNo,3です。楓姐さんの陳腐な店とは格が違うんですよ? 精々せいぜい場末で頑張ってくださいな」


 楓はハァと溜息を付くと両手を広げて見せる―――


「タツ坊。今、琴音さんが黒川さんにお出ししたグラスを下げて新しいグラスをこちらに。これ以上黒川さんに失礼があっては申し訳ありません」


「なんっ――― 」


「かしこまりました」


 黒川は黙ったまま事の顛末てんまつを、その口角を少しだけ上げて楽しむ。


「指名を頂いて居る以上、してや貴女は本指名を頂いて居る身で有りながら、お客様の好みすら覚えていない。黒川さんは毎回一杯目から濃いめをご所望ですよ? 教えたはずです、初めに「お酒の濃さ」を確認する事を」


「―――――!! 」


「そして貴女は大変な失礼をしましたね? 気付いてないのでしょうけど。安キャバならばいざ知らず、クラブや高級キャバでは有るまじき行為です。忘れたんですか? マドラーで混ぜるときは「左回り」が鉄則です」


 時計回りで混ぜる事は、時計の秒針を早く指で回すのと同義。すなわち時間を早く進めると云う意味を指す。つまらない時間を終わらせたい、早く時間が過ぎて欲しいという行為にあたり、この業界の御法度とされる。


「このお店に相応しくないのは貴女の方です。貴女には今迄の素養が一切備わっていない。外見だけを磨く事ばかりに浮かれ、大事な物を忘れてしまったようですね? 一から出直してきなさい」


「―――――⁉ 」


「勝負あったな。今日はこのテーブルに置いておくのは酷だろう、君ぃ、琴音君を他のテーブルへ」





 悔しがる琴音を他所に、黒川が黒服に告げた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る