第34話 転機

 地鳴りのような大歓声と共に、眼下で紙吹雪が舞い上がる。勝負は時の運。選択を誤れば一瞬で敗者となる。


「今日は有難う御座いました楽しかったです」


「うちの子が活躍出来なくてすまなかったね」


「いえいえとんでもないです。こんな特別なお席までご用意して頂いちゃって、初めて入ったので舞い上がってしまいました。ごめんなさい」

 

 馬主資格は年収が1700万円以上で資産7500万円以上とされる。馬主席に入るには自力でこのハードルを越えるか、しくは馬主直接からの招待を受けなければ入場は出来ない。


 そして勿論、ドレスコードも存在し、男性は紳士でなければならないとされスーツが大半を占め、女性は淑女の様な気品のあるワンピース姿が多い。デニムやTシャツとサンダルなんてのはもってのほか


「今日は君の一人勝ちか、流石に見る目があるね。お父様はもう引退なさっているのかな? 」


「そうですね、調教中に落馬して、片腕を痛めてしまいまして引退を余儀なくされました」


「残念だ、お父様がご健在であれば調教をお願い出来たのに」


「でも、調教師としては長く続けられた方で、後悔は無いと本人も言ってましたし、私は少し安心ですね。どうしても危険が伴いますから」


「成程ね、どうだろうか? 一度今度お父様を私にご紹介頂けないだろうか?」


「はぁ、構いませんが…… 何か? 」


「私の子達を少しばかり見て頂きたくてね、何せG1馬を調教なさってた方と聞いてしまったからには是非ともにね」


 つわものどもが夢の跡。大勢の観衆達が、また新たな戦いを夢見て引き揚げてゆく。


「それと気になっていた事を少し聞かせてもらえるかい? あの日、何で私の靴擦れを見抜けたんだい? 痛がる素振り一つも見せたつもりは無かったのだが」


 ―――今日のお誘いの目的はこれか?


「父から幼い頃に聞かされた事がありまして、靴はその人の人生が分かるって。そんな話を聞かされてから、皮の匂いが好きになり、用もないのに良く靴屋さんに通っていました、変ですよね? そして黒川さんの新品過ぎる靴に違和感を覚えました、気を遣って歩いているようにも見えましたのでしかしたらまだ馴染んでないのだろうと…… 」


「素晴らしい洞察力だね、いちか君、君は」


 黒川は重厚な眼鏡を外し、初めて素顔を曝す…… そして眼鏡をゆっくりとハンカチで拭うと目元に戻し、名刺を差し出した。





「どうかな? いちか君。うちの会社の面接に来てみないかい?」

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