第32話 邂逅⦅わくらば⦆

 通常閑散期は【にっぱち】と呼ばれ2月と8月なのだが、私が選択したのは4月…… 特に4月はバースディなどもなく他のランカー上位ランク達も気構えが手薄とみれる。逆に閑散期は乗り越えるために皆が力を合わせ頑張るように思えたからだ。私は抜け道を独走する。


 新年度、世の中が新しく動き出す時期。この時期はみんな忙しく新しい事に対応しなくてはならない。当然、歓送迎会などもあるが、うちの店には当てはまらない。気軽には使えない高級店故の性だろう。


 VIPルームへと一段上がる階段の手前に先程の紳士を見つけた。その身なりと落ち着いた物腰は、言わずもがな上客と傍目はためからでも分かる。


 やはりVIPの客だ――――


 当店の社長と立ち話の最中だ、失礼の無いようにタイミングを計る。見誤らないよう鑑定眼と状況判断能力新スキルをフルに活かす。もし仮に難しい話の最中、ってしまうような事があれば、自分の無能スキル無しさらけ出す結果となる。地位ある人間同士の会話に入ると言う事は、覚悟と見極める力が試される。


―――己を高め見極めろ


 紳士の表情に笑みがこぼれ、片足が階段に上る…… 会話の終わりを告げるサイン―――


―――今だ!!


「あのっ、お話の途中、大変失礼致します」


「んっ⁉ おや、君は先程の…… 」

重厚な鼈甲べっこうの眼鏡の奥に隠れた瞳が色を変える……


「さっ、先程は大変失礼致しました。良ければこちらをと思いまして、お届けにあがりました」


「おや⁉ いちか君、どうしたんだいこんな所まで」

社長が優しくたったの一言で、緊迫した空気を和らげてくれた。


「いちか君⁉ 」


「はい、彼女は『愛咲 いちか』入店したばかりのキャスト冒険者ですが当店一番の有望株上位候補です」


 余りにも唐突な場での評価のお披露目に、顔が真っ赤に染まってしまう。


「あはは、可愛いね。私の娘よりもずっと若そうだね、それで⁉ これはなんだい? 」


「はい、靴擦れを起こされている様にお見受け致しましたものでつい…… あのッ、ご不要でしたらテーブル担当のボーイの子にお渡し頂ければと」

 

 ―――――!!


「何ですか⁉ 」

店長が覗き込む先には、塗り薬と絆創膏とスリッパが手渡されていた。


「スリッパは私が以前購入した物で、未使用の物ですのでご安心下さい、ではっ、失礼いたします」


「…… 」


「社長…… 」


「ハイ」





「君はまた凄い子を拾って来たね」

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